卓越の職人技と先進技術の結集
常念山脈や穂高連峰を遠くに望み、澄み切った空気と美しい水に恵まれた自然豊かな街、長野県塩尻。この地に拠点を置くセイコーエプソン塩尻事業所内「信州 時の匠工房」は、ムーブメントの開発・設計・製造をはじめ、ケース、ダイヤル、針、インデックスなど、パーツの製造から組立調整まで、一貫して行い、スプリングドライブやクオーツムーブメントを搭載した腕時計をつくり出す、世界でも希少なマニュファクチュールです。
初代グランドセイコーを製造した諏訪精工舎の時代から続く伝統と情熱を今に受け継ぎながら、研鑽を続ける精鋭の時計師や技術者たちが、開発・設計・製造・加工・組立調整をはじめとする時計づくりのすべての工程に、最高レベルの匠の技を惜しみなく注いでいます。
スプリングドライブは、着想から実に20年以上をかけて開発されました。その道のりは決して平坦ではなく、越えるべきいくつものハードルが立ちはだかりましたが、技術者たちは、自らが夢見た駆動機構を実現するという揺るぎない志のもと技術と叡智を結集させ、ついにスプリングドライブを完成させました。
そして、ブランド誕生60周年の節目である2020年、磨き深めてきた技術の粋を結集し実現したスプリングドライブ 5 Daysが誕生しました。工房の技術者たちの揺るぎない信念と情熱によって生まれたスプリングドライブ 5 Daysは、月差±10秒という高精度を実現しながら、120時間のパワーリザーブを可能にしました。さらに、ムーブメントの薄型化を図りながら、堅牢性を格段に高めるとともに、外観には、自然にオマージュを捧げた美しい仕上げ加工を施し、情感あふれる趣と、これまでにはない、めりはりのきいた深遠な輝きを作り出しています。日本の美意識を凝縮した新ムーブメントは、音もなくダイヤルの上を滑らかに動く秒針とともに、次なる未来の60年に向かって、美しい時を紡ぎ始めています。
この工房で生まれたもうひとつの機構、9Fクオーツムーブメントは年差±10秒の高精度を実現しながら、「ツインパルス制御モーター」を搭載することによって、当初、技術者たちが思い描いたとおり大きく太い針を回すことを可能にしました。さらに高精度クオーツとしての高い性能を長期間保つために輪列部を保護する「スーパーシールドキャビン」と「組み合わせ軸受け構造」を採用。耐久性に配慮しながら、秒針のふらつきを軽減する「バックラッシュ・オート・アジャスト機構」やカレンダーを瞬時に切り替える「瞬間日送り機構」など、技術者たちは新機構の数々を生み出しました。それらの機構を実現させることによって、大量に生産できるという一般的なクオーツとは一線を画する「究極のクオーツ」をグランドセイコーは搭載しています。キャリバー9Fは、今もなおクオーツムーブメントの頂点として、グランドセイコーを支え続けています。
さらなる高みを目指して、技を磨き続ける技術者たち。グランドセイコーが果てしなく追求する腕時計の本質は、その類稀なる技術の粋によって生み出されているのです。
日本屈指の匠の技が生み出す、美しい腕時計
「信州 時の匠工房」では時計づくりのあらゆる工程を一貫して行っています。例えば、グランドセイコーの顔となるダイヤルの製造は、金型からプレスでベースプレートを作ることから始まります。職人たちは、ベースプレートにめっきや塗装などを施し、切削や穴開け加工を行ったのち、鏡面に磨き上げられたインデックスや針などのパーツを手作業で取りつけていきます。それらを然るべき位置に配置するために使うピンセットなどの専用工具も、職人が自ら手を加えて精細な加工を施し、その精度を最高の状態に保つべく、日々細かな調整を繰り返しています。
「雪白」や「厚銀放射」など、日本らしい趣を表現したダイヤルの加工仕上げも行われています。2005年に誕生した「雪白ダイヤル」は、ザラザラとした雪面を表現したいという当時のデザイナーの想いをかたちにするべく、雪の質感を彷彿とさせる諏訪精工舎が1971年に製造した56GSのダイヤルの仕上げ手法に着想を得て生み出されました。
繊細な筋目模様が、光を受けて放射線状に広がりながら、奥深い光沢感を放つ「厚銀放射ダイヤル」は、熟練の職人技が光る仕上げ加工のひとつです。ベースプレートに銀めっきを施し、特殊な液体の中で放射線状のブラッシングを施します。その後クリア層を厚く吹き、研ぎ出すことで、平滑な面を作り出し、印刷した後にインデックスを植えていきます。この丹念な工程を行うことによって、独特の美しさを実現しています。
グランドセイコーのデザインを支える特殊加工技術であるザラツ研磨も、この工房で行われています。仕上がりのイメージを描きながら、目視と指先の感覚だけを頼りに、ガラス縁上面やケース面を歪みのない平滑な鏡面に磨き上げるザラツ研磨は、数ある研磨工程の中でも、極めて高度な特殊技術です。匠の指先に伝わる熱や振動、研磨剤の減り具合などを、適宜調整するための彼らの感性は、長年の経験によってのみ育まれるものであり、その才器と類稀なる技術をあわせ持つ職人たちは、世界でもごく少数しかいません。工房ではステンレススチールやチタン素材だけでなく、柔らかく加工の難しい18Kゴールドやプラチナ素材のザラツ研磨も行っていますが、18Kゴールドとプラチナケースを研磨できる研磨師は、わずか数名。このことは、ザラツ研磨がどれほど稀少な技術かということを如実に物語っています。
そのほか、工房内にある宝飾時計では、ダイヤモンドをケースに留める技法など、熟練の技を持つ職人たちが切磋琢磨しながら、それぞれの工程に力を注いでいます。
世界に誇る高精度・高品質を示す証である「Grand Seiko」のロゴマークの印刷、外装部品やブレスレットの取りつけに至るまで、グランドセイコーの腕時計は、各分野のエキスパートである職人たちの揺るぎないチームワークと、それぞれの繊細な指先が紡ぎ出す、緻密な匠の技の集結によって生み出されているのです。
信州 時の匠工房が生み出すスプリングドライブとクオーツ
日本の美意識を凝縮したムーブメント
9Rスプリングドライブは、機械式時計のぜんまいがほどける力によって生じるトルクを動力源としながら、ICと水晶振動子によって正確に精度を制御する全く新しい調速機構を備えた、グランドセイコー独自のムーブメントです。
機械式時計と全く新しいクオーツの調速機構を備えた、着想から実に20年以上もの年月を費やして開発され、さらに5年をかけて、グランドセイコーの冠を付すにふさわしい性能を実現させたのち満を持して2004年に誕生しました。
古来より自然を慈しみ、そこに美を見出してきた日本人は、春から夏へ、秋から冬へと移ろいゆく季節を繊細に感じ取り、折々の風情を愛おしむ心を大切にしてきました。森羅万象は、とどまることなく流れゆく時の中に存在し、光となり、影となり、果てしなく新たな表情を生み出し続けます。日本人は、この静寂を流れる偉大な時の移ろいに寄り添いながら、独自の感性で向き合ってきました。キャリバー9Rは、そうした日本の美意識を凝縮したムーブメントです。自然界の時の流れを映し出すかのように音もなく滑らかに動く針は、その最たる象徴。その様には、グランドセイコーが尊ぶ日本独自の「時間(とき)」に対する思想が如実に映し出されています。そして、今この時も、腕時計をつける人に寄り添い、絶え間なく移ろう年月と溶け合うように、時代を超えて、正確な時を美しく紡ぎ続けています。
9F Quartz
クオーツの常識を覆す、究極のクオーツ
1988年、グランドセイコー初のクオーツ式時計「95GS」に搭載したキャリバー9581では、当時の年差クオーツムーブメントで使用されていた水晶振動子と比べて、耐温度特性、耐衝撃性能のすべてにおいて、優れた高品質の水晶振動子を採用し、年差±10秒という高精度を実現しました。しかし、さらなる高みを目指すべく、グランドセイコーの名を付すにふさわしい究極のクオーツムーブメントを生み出したいという情熱が、技術陣の胸の内から消えることは、決してありませんでした。
「良い腕時計とは何か」―それは、たったひとつの素朴な問いかけから始まりました。「正確であることはもちろん、時刻が読み取りにくければ意味がない。暗がりで、わずかな光でも捉えるには、長く太い針が良い。しかし、クオーツでは、そのような重い針は回せない。では、どうすれば回せるようにできるか」。話し合いが続く中、技術者たちは、「正確で、見やすく、美しい」という腕時計の本質に立ち返りながら、それまでクオーツでは不可能とされていた大きく重い針を動かすというハードルを乗り越えるために、持ちうる技術のすべてを駆使して開発に乗り出しました。
そして、95GSの誕生からわずか5年後の1993年、技術陣の飽くなき探究心のもと、思い描いた理想をかたちにした「キャリバー9F」が誕生しました。年差±10秒という高精度をかなえながら、新機構の「ツインパルス制御モーター」を搭載することによって、堂々とした見やすい針を動かすことを実現しました。
このムーブメントには、ツインパルス制御モーターとともに、秒針のふらつきを軽減する「バックラッシュ・オート・アジャスト機構」やカレンダーを瞬時に切り替える「瞬間日送り機構」など、従来のクオーツの常識を覆した数々の新機軸が盛り込まれています。また、クオーツムーブメントの心臓部であるローター部を組み合わせ軸受けで覆い、保油性を飛躍的に高めながら、塵やほこりの侵入を防ぐ「スーパーシールドキャビン構造」を採用しています。また、電池部から輪列部への塵の侵入を防ぐ壁を設け、切換動作を確認するのぞき穴もルビーの石でふさぎ、長期にわたる信頼性を確保し、クオーツ式時計ならではの電池交換に対する十分な配慮がなされています。普段は裏ぶたに覆われて見えないムーブメントも、ゴールド色で美しく仕上げられました。
高精度であることは、このムーブメントの美点のごく一部にすぎません。ぶれることなく美しく動く、見やすい堂々とした針を回せるようになったことに加えて、特筆すべきは、それまでの大量に生産できるというクオーツの「利点」と決別し、クオーツを再定義したことです。その誕生から四半世紀を超えた今もなお、キャリバー9Fはクオーツムーブメントの頂点としてその進化を支え続けています。