時と自然が交差する、美しき瞬間。『Grand Seiko 果実と花の和菓子屋 とき』
『Grand Seiko 果実と花の和菓子屋 とき』が、神宮前・StandByにて2023年10月27日(金)〜11月5日(日)に開催された。昨年に引き続き、クリエイティブディレクターは平野紗季子さん、アートディレクターは田部井美奈さんが担当。今年は、洋菓子作家の岩柳麻子さんと加藤峰子さん、そして空間演出にはフローリストの越智康貴さんを迎え入れ、この一瞬を生きる生命力や美しさを表現した。10日間だけ現れたまぼろしの和菓子屋。グランドセイコーのブランドの核となる要素「日本独自の美意識や精神性」「伝統と革新」「クラフトマンシップ」を表現したこの『Grand Seiko 果実と花の和菓子屋 とき』を、携わったクリエイターの目を通して紐解く。
命が美しく舞い踊る、『Grand Seiko 果実と花の和菓子屋 とき』
平野紗季子さんの今年のクリエイティブディレクションは、新しくなったブランドメッセージを受け止め、咀嚼することから始まった。「“今、この時を生きる人へ。Alive in Time”。この新しいブランドメッセージから受け取ったイメージは、“瑞々しさ”や“躍動感” “降り注ぐ光”でした。それらを体現するテーマとして中心に据えたのが“果実と花”。鮮やかに咲き誇る草花や豊かに実った果実、それらが持つ美しい生命感を和の菓子に宿すことが最適だと感じたのです」
また、このプロセスを経て挑戦したい表現もはっきりしたという。「前回はクラシカルな和が軸にありましたが、今回は私たちなりの“新しい和”を捉えてみたいと思いました」
今回の舞台となったのは、神宮前の「StandBy」。「非常にモードな建築ではありつつも、その特徴を活かすことで茶室的な捉え方も可能になるという印象を持ちました。茶室特有の躙口(にじりぐち)を彷彿とさせる低めの入り口をくぐることで別世界に誘う体験になればと」。平野さんの思いを捉えて、クリエイターたちは“新しい和”をどのように表現したのか。「アートディレクターの田部井さんは、今回の『Grand Seiko 果実と花の和菓子屋 とき』の象徴となるような紋章を提案してくださいました。平仮名と漢字で構成されるロゴに加え、“とき”という文字から生み出した紋章の存在が、全体を覆う“新しい和”の雰囲気を牽引くださったと思います」。また、空間演出の越智さんと空間設計のDAIKEI MILLSさんからは、風が入り光の差し込む会場の特性を生かして、花畑を浮遊させる提案をもらったという。
「お二人の聡明なアイディアとデザインによって、刻一刻と表情を変える“光と風の花畑”が生まれました。DAIKEI MILLSさんの石や木といったマテリアルの選定や暖簾のモチーフ等も、ブランドを表現するにあたり非常に的確な提案ばかりで、今回のテーマを美しく体現する空間が出来上がっていきました」
「“新しい和”を表現するにあたり、あえて洋菓子作家に和菓子の創作を挑戦していただきたいと思いました。岩柳さんも加藤さんもプロフェッショナリズムに溢れ、技術と想いをこめて、“とき”をテーマとした和の菓子を創作してくださいました。おいしさだけでなく、和菓子文化の持つ精神性やクラフトマンシップをいかに未来へ繋げていくか…といった視点でのアプローチをしてくださったことも、作家さんそれぞれが深く今回のテーマを読み解いてくださった賜物です」
「日本の四季や時間経過によって変化していく景色。グランドセイコーは、人間が制御できないものに宿る美しさや本質に丁寧に目を向け、拾い上げていらっしゃいます。グランドセイコーのそういった姿勢にとても共感します。今年の『Grand Seiko 果実と花の和菓子屋 とき』では、自然の刻々と変わる表情を紡ぐことができたと思います」とはアートディレクター・田部井美奈さん。
「“果実と花”というテーマを聞いて、瑞々しく艶やかになりそうだと気持ちが高揚しました。昨年は“引き算の空間”だったのでグラフィックでアクションを与えたのですが、今年はフローリストの越智さんの創り出す華やかな雰囲気に寄り添いたいと考えました。また、『Grand Seiko 果実と花の和菓子屋 とき』という儚い空間を切り取るようなフレームをつけるイメージで、葉や芽など植物の曲線をヒントに、“とき”らしさを出したマークを制作しました」
「光と風の花畑」で味わう特別な和菓子
「PÂTISSERIE ASAKO IWAYANAGI」シェフパティシエール・岩柳麻子さんと、「FARO」シェフパティシエ・加藤峰子さん。洋菓子作家2人が、伝統や文化に向き合いながらブランドメッセージを体現する、まったく新しい和菓子を創り出した。“とき”を刻んだ、ここでしか出会えない逸品だ。
薄明 マスカットの草露錦玉 | 加藤峰子 ¥1,500(税込)
鼻を掠(かす)める日本薄荷(はっか)、レモングラス、ライムの香り。アーモンド風味の餅に包まれる瑞々しいマスカットと白餡。口内や脳裏に広がる澄んだ空気を閉じ込めたような菓子に、今日一日への高揚の兆しが満ちている。
白日 秋風の吹寄 | 岩柳麻子 ¥3,500(税込)
ふくよかな和栗や求肥を使ったパイ、香ばしい蕎麦粉のブールドネージュ、琥珀糖がけパートドフリュイ。色づいた草花や木の実が吹き寄せられた一刻を閉じ込めた。豊かな秋の恵みを味わえば、いつしか錦秋(きんしゅう)の只中に。
岩柳麻子さんは想像を膨らませていく際、平野さんの言葉が大きなヒントになったという。「平野さんと交わした会話が私の中に綺麗な情景を描いてくれました。平野さんが語った表現を味覚に落とし込むなら…というように創り上げていきました。私の好きな洋菓子の部分を、和菓子づくりのために再構築していく作業は刺激的でしたね。一瞬で過ぎ去ってしまう、切なく儚い秋の瞬間を菓子に閉じ込められたのではないかと思います」
10月、ついに足を踏み入れた『Grand Seiko 果実と花の和菓子屋 とき』を、天国のように思ったと話す。「季節を超越して時間が無限に続いているような感覚になりました。でもその場にある私の創った菓子は食べないと腐っていくし、時計は時を刻んでいる。イメージとリアル、各クリエイターの創り出した表現が結ばれているというのは面白かったですね」
夕映 無花果のパルフェ ジャポネ ア アンポルテ | 岩柳麻子 ¥2,500(税込)
空に紗がかかり、次第に薄雲が赤く染まって、無花果色を溶かしたような夕闇が訪れる。刻々と移り変わる秋の夕暮れを映し取ったパフェ。山椒や柚子、焙じ茶…和の香りに包まれた無花果が深く美しい秋宵(しょうしゅう)を告げる。
無花果のパルフェジャポネ ア アンポルテを味わう平野さんはこう話す。「食べていくにつれ、山椒などのフレッシュな味から、赤ワインで煮た無花果のふくよかな味へ変化していく。視覚だけでなく、味覚としても複合的な視点で“夕映”を形に仕上げていただき、感激です。秋の夕暮れの美しさだけでなく、深まっていく様子までも届けていただきました」
小夜中 金木犀と烏龍茶の琥珀羹 | 加藤峰子 ¥2,000(税込)
秋の真夜中、月に照らされて咲き誇る金木犀の甘い香りを閉じ込めた鮮やかな緋色の琥珀羹が、夕闇を透かした烏龍茶の水羊羹に寄り添う。エルダーフラワーとライムの月夜のソースと共に、どこまでも静かな余韻が漂う。
加藤峰子さんは「本当に美しいお菓子とは、私や召し上がってくださる皆様だけでなく社会や自然にとっても美しくあって欲しいです」と語った。「こういった理想のもとに、100年以上続く和菓子屋・ふく田の福田啓希さんとともに創り上げた和菓子。素晴らしい職人の方と一緒に菓子を創作するということにとても喜びを感じましたし、“自らを変革していく”というグランドセイコーのメッセージに感銘を受けました」
また、“精度の高いプロダクツ”を創ることに妥協しないグランドセイコーのクラフトマンシップに深く共感しているという加藤さん。「琥珀羹に使った金木犀は千葉鴨川の里山に咲く野生のもの。苗目の井上さんが採ってすぐシロップ化し、香りを閉じ込めてくださいました。気候変動で開花が遅れ、咲くか咲かないかというギリギリの状況でした。本物をつくり出す面白さ、そして本質の素晴らしさを体感しました」
乱反射する光とともに滾(たぎ)る生命力が満ちる
茶室特有の躙口(にじりぐち)を彷彿とさせる入り口から、グラデーションのかかった暖簾をくぐり抜ける。そこには、光や風の自然なうつろいを活かして刻一刻と表情を変える、瑞々しく洗練された花々が浮遊する。思わずため息がこぼれてしまうくらい美しかった。
無機質でコンパクトなスペースを、フレッシュで洗練された空間に塗り替えたのは、フローリストの越智康貴さん。「“言葉で捉えきれないもの”や“目に見えないもの”、“忘れていってしまうこと”を大切にしたいと思っていて。各クリエイターの創るものや花自体は具体的ですが、空間は抽象的なイメージにしてみました」
平野さんにお話をいただいたのが春だった。「でも、『Grand Seiko 果実と花の和菓子屋 とき』の実施は秋。頭の中で季節が混ざってしまったのですが、その混ざった感じも合わせて表現できたら面白いかもしれないと最初に思いました。だから、“なんの花が飾られていたっけ?”という感覚があっていい。目に見えない空気感のようなものを創ることにずっと興味があったのですが、とても上手くいったと思います」
「言葉で説明し尽くされると、見た人の心の中に“残るもの”があまりなくなってしまいます。いつも僕が手掛ける空間では “これはなんだったのだろう?”という余白を創りたいと考えています。相手の創り出すものに対して調和が取れるクリエイターの方とご一緒する今回の場合、その余白の創り方は“崩す”。美しく完成されたものに切り込みを入れると、その切り口から何かが流れ込むのです」
10日間のまぼろしを見つめなおす
最後に、平野さんからもう一度話を聞く。時のうつろいを大切にしてきたグランドセイコーが『和菓子屋 とき』を開くのは必然だったと話す。「グランドセイコーのプロダクトも和菓子も、日本の四季や自然、時のうつろいを映し、それらを形にする背景には素晴らしい“クラフトマンシップ”が介在する。かけ離れているようで、共鳴し合っているのです」
時間が経つにつれ、景色が変わっていく『Grand Seiko 果実と花の和菓子屋 とき』。「風が吹き、光が揺らぎ、花を輝かせる…その一瞬一瞬に心が震えましたね。まさに、時のうつろいを体現する、ここでしかありえない菓子屋となったと思います。各クリエイターの方々が手渡してくれたバトンが、少しでも多くの方にもつながっていたら嬉しいです」
グランドセイコーのブランドの神髄を各クリエイターが表現した『Grand Seiko 果実と花の和菓子屋 とき』の中央に鎮座するのは、2つのモデル。
美しい絹の布のような型打模様が施された「STGK019」。ほんのり紅みを含んだ薄桜(うすざくら)色に染められ配置されたダイヤモンドと相まって腕元で華やかに輝く。
「STGK023」も、美しい絹の布のような型打模様がダイヤルに施されている。こちらは藍染の中でも透明感があると言われる水縹(みずはなだ)色に染められ、ダイヤモンドが輝きを放っている。
美しさや奥ゆかしさを想起させる「芍薬」をデザインモチーフにしたクオーツモデル「STGF279」が出口でお見送りした。
秋晴れの金木犀の香る季節に、10日間でまさにまぼろしとなった和菓子店『Grand Seiko 果実と花の和菓子屋 とき』。クリエイターたちが集結して創り上げた和の精神性やクラフトマンシップを存分に体感いただけたであろうか。刻一刻と移り変わる光と風の中、静かに閉幕をした。
クリエイティブディレクター
平野 紗季子(フードエッセイスト・フードディレクター)
小学生から食日記をつけ続け、慶應義塾大学在学中に日々の食生活を綴ったブログが話題となり文筆活動をスタート。雑誌・文芸誌等で多数連載を持つほか、ラジオ/podcast番組「味な副音声」(J-WAVE)のパーソナリティや、NHK「きみと食べたい」のレギュラー出演、菓子ブランド「(NO) RAISIN SANDWICH」の代表を務めるなど、食を中心とした活動は多岐にわたる。著書に『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)、『味な店 完全版』(マガジンハウス)など。
Instagram: @sakikohirano
菓子作家
岩柳 麻子(PÂTISSERIE ASAKO IWAYANAGI シェフパティシエール)
2000年に桑沢デザイン研究所を卒業し染織家として活動後、独学にて洋菓子を学ぶ。2005年に「pâtisserie de bon cœur(パティスリィ ドゥ・ボン・クーフゥ)」を立ち上げ、10年間シェフパティシエールを務めた後独立。2015年に自身の名を冠した「PÂTISSERIE ASAKO IWAYANAGI」をオープン。同一エリアに2018年に「ASAKO IWAYANAGI PLUS」、2021年に「ASAKO IWAYANAGI SALON DE THÉ」をオープンし、2023年には都外初出店となる福岡に「ASAKO IWAYANAGI FUKUOKA」をオープン。
Instagram: @patisserie.asakoiwayanagi
加藤 峰子(FARO シェフパティシエ)
デザイン、美術、現代アートやモノづくりに興味を持ち、食の分野からパン・お菓子の道を選び進む。約10年間、「イル ルオゴ ディ アイモ エ ナディア」「イル・マルケジーノ」「マンダリンオリエンタルミラノ」(ミラノ)、「オステリア・フランチェスカーナ」(モデナ)など、イタリアの名立たるミシュラン星獲得店にてペイストリーシェフを勤める。「エノテカ・ピンキオーリ」(フィレンツェ)のチョコレート部門を経験。2018年に帰国し、「FARO」のシェフパティシエに就任。日本の自然やハーブをリスペクトしたデザートを提案。プラントベースを取り入れたメニュー開発に取り組む。
アートディレクション
田部井 美奈(アートディレクター・グラフィックデザイナー )
2003年より有限会社服部一成に勤務。’14年に独立、田部井美奈デザインを設立。広告、パッケージ、書籍などの仕事を中心に活動。主な仕事に『マティス展』『山崎ナオコーラ「ミライの源氏物語」』『(NO) RAISIN SANDWICH』『PARCO CHRISTMAS 2020』『武蔵野美術大学 イメージビジュアル』展示『光と図形』など。2019 ADC賞受賞。
Instagram: @mina_tabei
空間インスタレーション
越智 康貴(フローリスト)
1989年生まれ。フローリスト。フラワーショップ『ディリジェンスパーラー』を表参道ヒルズと東京ミッドタウンで営む。店舗運営のほか、広告撮影やイベントの大型装飾や、花にまつわる数々のアートワークを手掛けている。
Instagram: @ochiyasutaka
平野紗季子さん・田部井美奈さん・越智康貴さんによる「Grand Seiko 果実と花の和菓子屋 とき」への思いをもっと聞きたい方はこちらから