熟練の職人が品種の個性を引き出す、シングルオリジンの日本茶
—— ブレケル・オスカル(日本茶インストラクター)
日本茶好きが高じてスウェーデンから来日して「日本茶インストラクター」の資格を取り、さらに外国人として初めて「日本茶手揉み教師補」の資格も取ったブレケル・オスカルさん。マルチリンガルの日本茶専門家である彼は、国内外で煎茶のセミナーや講習会を開催し、日本茶の魅力を伝え続けている。また、2020年にはシングルオリジンの煎茶(単一の産地や品種で生産された煎茶のこと)を豊富に揃えるティーブランド「SENCHAISM」を設立。「煎茶の魅力を世界に広めることは、仕事というよりも生き甲斐であり、ライフワークです」と語るブレケルさんに、日本茶の魅力と、自社ブランドの煎茶づくりに対する想いを聞いた。
Photos: 齋藤誠一 Seiichi Saito
Words: 小松めぐみ Megumi Komatsu
スウェーデンの青年が日本茶に惹かれた理由
自身の日本茶ブランドをもち、日本茶の魅力を国内外に紹介する活動を続けているブレケル・オスカルさん。日本茶を飲むようになったのは、高校生の時に世界史の授業で日本に興味をもったからだという。
「戦国時代の武将が夢中になった茶の湯のわびさび文化に惹かれた際、“茶室”というお茶を飲むための専用の部屋がつくられたことが不思議で、真意を知りたくなりました。でもすぐに日本に行くことはできなかったので、お茶を飲むようになったのです」
ブレケルさんが初めて日本茶を飲んだのは、スウェーデンにいた18歳の時。当時は日本茶の淹れ方を知らず、買ってきた日本茶をティーポットに入れて熱湯を注いで飲んだため、苦渋味が強すぎていい印象ではなかったという。それからいろいろと試行錯誤を重ね、偶然うまく淹れることができた時に、初めて日本茶を美味しいと感じたのだとか。
「森林に入ったような爽やかさを感じたんです。まるで湯呑みの中に森が入っているような清々しさで、自然そのものをいただいているように感じました」
その後、日本でホームステイをしていたブレケルさんが驚いたのは、街に日本茶を飲めるカフェが少なかったこと。日本人はどうしてカフェでコーヒーや紅茶を飲み、日本茶を飲まないのか?という疑問を抱き、もっと日本茶が見直されてほしいと思うようになったのだとか。そして日本茶インストラクターという資格があることを知って、日本茶の専門家になる決意をしたのだという。スウェーデンの大学に戻り、日本語で日本茶インストラクター講座を受けるために日本語学科に編入したブレケルさんは、留学を経て日本企業に就職。2014年に日本茶インストラクターの資格を取得してからは、日本だけでなく海外でも日本茶を紹介するイベントなどを開催している。
「海外では日本語以外の言語で日本茶の情報を入手することが難しいので、日本茶に興味があっても情報にアクセスしにくい状況です。私はぜひこういう状況を改善したいのです。お茶は、一緒にいただくことで年齢、性別、国籍、宗教などを問わず、人と人の間に繋がりができる飲み物ですから」
日本茶が好きすぎて日本に引っ越したマルチリンガルな日本茶インストラクターは、海外にも自分と同じように日本茶が好きな人がいるはずだと確信しているのだ。
世界に広めたい日本茶の魅力とは
ブレケルさんはさらに、外国人として初めて「日本茶手揉み教師補」の資格も取得。「手揉み茶」とは、日本茶の製造工程の中の「茶葉を揉む」作業を、すべて手作業で行ってつくるお茶のことだ。「手揉み茶」は現在はあまり流通していないが、茶葉を揉む技術はブレケルさんのような資格をもつ人々によって伝承されている。一体どのような技術なのだろうか?
「お茶の葉の揉み方は、同じ畑で摘んだ葉でも、摘んだタイミングやその日の気温・湿度などによってある程度調整する必要があります。お茶の葉は揉んでいるうちに感触が変わっていきますので、時計などを見ずにただ茶葉の状態だけで判断して次の工程に進みます。本当に繊細な感覚を必要とする作業ですね。個人的に最も難しいと思ったのは、『こくり』という最後のステップです。やり過ぎるとお茶の葉にダメージを与え、外観も香味も落ちてしまいます。逆に揉み方が足りないと、茶葉の水分を揉みきれずに劣化につながりますので、判断するのが難しいです。手揉み茶の技術を学んだ際は、マニュアル通りに何かを行うのではなく、状況に合わせて物作りに取り組むクラフトマンシップの大切さを身をもって実感しました」
職人のクラフトマンシップが息づく「手揉み茶」を急須に入れて湯を注ぐと、茶葉が開いた時、茶畑で摘んだばかりの姿に戻っていることに気が付く。大きく開いた葉の姿を楽しみながらお茶を味わうと、自ずと日常生活の慌ただしさを忘れ、ゆったりとした気持ちになる。
「インターネットと繋がっている日常から離れ、ふくよかな旨みの煎茶をいただくと、気分をリセットすることができますよね。それに日本茶は味や香りだけでなく、淹れ方もユニーク。急須に茶葉を入れて湯を注ぎ、湯呑みに注いで味わう時間をもつと、ストレスをシャットアウトして精神を整えることができます。私にとって、日本茶とは“美味しさ”を超えた価値をもつ嗜好品。美味しさだけでなく、茶器を使ってお茶を淹れて味わう豊かな時間も世界に広めたいのです」
ブレケルさんにとって、日本茶の魅力を発信することは仕事を超えたライフワーク。自身のブランド「SENCHAISM」では、品種の個性を打ち出したシングルオリジンの日本茶を扱っている。従来の煎茶には通常、複数の品種がブレンドされているが、ブレケルさんがあえてシングルオリジンの煎茶だけ扱っているのは多様性に富んだ味わいを紹介するためだという。
「味のお好みは十人十色ですので、たくさんの種類を紹介したほうが、より多くの方々が自分好みの日本茶と出合いやすくなるはずです。まだあまり知られていませんが、日本茶の品種の中には桜餅のような香りがする品種もあれば、花を思わせる香りの品種もあります。そういうシングルオリジンのお茶を初めて飲み比べた方は必ず驚きます」
日本茶の品種といえば「やぶきた」が有名だが、昨今は他にも続々と新しい品種が登場している。たとえばブレケルさんお薦めの「香駿(こうしゅん)」は、フローラルな香りと、シナモンを思わせる甘い後味が特徴的な品種である。
品種の個性を引き出すクラフトマンシップ
「SENCHAISM」のミッションは、日本茶のポテンシャルを最大限に引き出したものを探して届けること。そのためにブレケルさんは、彼自身が全国の茶産地を訪ねてよいと思った茶葉を農家から仕入れ、その茶葉の仕上げを自身が信頼をおく茶問屋で行っている。
「日本茶は、茶葉を栽培する農家と茶葉を仕上げる茶問屋のチームワークでつくられています。『SENCHAISM』のチームがシングルオリジンのお茶のポテンシャルを引き出すために大切にしているのは、品種の味と香りを生かすこと。そのため、茶葉を蒸す工程はなるべく短くし、香りが失われないようにしています。そしてせっかくの個性豊かなお茶が劣化しないように、仕上げの際に茶問屋に程よく火入れをしていただくのもとても大事なことです。程よい加減に蒸したり火入れしたりするのに必要なのは、職人の勘とクラフトマンシップ。お茶は淹れることで初めて飲み物として完成しますので、日本茶インストラクターとしてもクラフトマンシップを大切にしたいものです」
「SENCHAISM」のシングルオリジンの日本茶は、どれも品種の特徴が生かされて個性豊か。ブレケルさんの情熱が生み出した日本茶は、いま国内外に発信され、新鮮な驚きとともに迎えられている。