踊りは人間の営み。時間をかけて美しさやエネルギーを紡ぎ出す
—— MIKIKO(演出振付家)
数々の人気アーティストのパフォーマンスを手がける演出振付家のMIKIKOさん。「100年後にも残る“いま”の動きをつくりたい」と、身体表現の追求に余念がない彼女に、第一線に立ち続ける仕事人として思いを語ってもらった。
Photos: 齋藤誠一 Seiichi Saito
Words: 岩崎香央理 Kaori Iwasaki
身体をデザインするように、振りをつける
「ちょうど昨日、海外50カ所以上を巡るワールドツアーに出発していったんですよ、彼女たち。日本での復活ライブが先週無事に終わって。感慨深いですね、彼女たちが小学5年生の時から関わってきているので(笑)」
国内外の熱狂的なファンに支持されつつも、ライブ活動をしばらく休止していたダンス・ユニットによる、満を持しての再出発。2010年のデビューからすべての振り付けを手がけてきたMIKIKOさんは、嬉しさと安堵が入り交じった柔らかな表情を覗かせる。メタルとアイドルの融合という世界観。気高く可憐な少女から容赦なく放たれる攻撃性を、これまではタフで尖ったダンスによって表現してきたという。
「そうした確固たる世界観をもちながらも、彼女たちが成長するにつれて、音楽も身体も変わっていく。踊り方も、少しずつ進化させていきたいという思いがありました。なので、新たにつくった10曲分の振り付けでは、今だからできる表現のアプローチや解釈を取り入れたりしています。身体のデザインを変えていくというか、例えば角のない流れるようなラインにしてみたり、力強さとやんちゃさを履き違えない動きになるよう意識しました」
目の前にいるキャラクターを、自分に一旦落とし込むようなイメージで、MIKIKOさんは振りを付ける。だからこそ、できるだけ長い時間と手間暇をかけて、踊り手ととことんつきあうのが好きだし、それが彼女なりのやり方なのだと語る。
「時間をかけないと出てこないアーティストやダンサーの魅力があると思うし、そこから初めて強くなっていく表現もあるんです。出会ったばかりのダンサーにその場で振りを付けて平均点をとることはできますが、言葉にできないような、核心に迫る感動が生まれる時は、その裏に10年20年をかけたやりとりが、きっと存在しているはず」
時間と手間暇をかけた先にある美しさ
いまだ記憶に新しいのが、人気ドラマのオープニングテーマから火がつき、一躍ブームとなったあのダンス。振付師として、彼女の名が広く知られるようになったのは事実だが、時にヒット請負人のようなイメージをもたれてしまうこともあったかもしれない。だが、売れる法則や流行の秘訣が彼女の中にあるわけではない。
「ブームになったダンスはもうすでに自分のものではないというか、ひとり歩きしていったのを見送るような気持ちでした。ヒットしたのは喜ばしいけど、簡単に売れるものはつくれないし、秘訣をパッと出せるわけでもない。私にとってのクラフトマンシップとは、時間と手間暇をかけることからしか滲み出てこない、美しさやエネルギー。長く仕事をしてきたアーティストたちとも、ここまで一緒に続けてこられたのは本当に奇跡だと思うし、その尊さを信じています」
メディアアートと積極的にコラボレートしていくことも、演出振付家である彼女の特徴。クリエイター集団ライゾマティクスとともにつくり上げる、3人組テクノポップユニットのライブでは、プロジェクションマッピングやモーションキャプチャー、ドローン、LEDなど先端技術を駆使し、その舞台芸術は世界的にも注目を集めている。
「ライゾマティクスと初めてコラボしたのは、2010年のライブ。東京ドームという広い会場で、バックバンドもサポートダンサーも入れずに、たった3人のパフォーマンスをどうやったら拡張して見せられるだろう? そんなプラスアルファの必要性に対し、いろいろなアイデアを出してくれたのがライゾマティクスでした。その時に、発信するのは人間だけど、デジタルテクノロジーを使うことで力強く見えたり、何万人にも感動を届けられることを知りました。以降、新たな課題と向き合うたびに、どうやって旬の表現に変えていけるか、彼らとともに考えながら作品をつくっています」
今ここで生まれる、一度きりの感動のために
グランドセイコーの腕時計に込められた“クラフトマンシップ”の理念。技術や信念を次世代へ伝えていくことがクラフトマンのひとつの矜持だとすれば、MIKIKOさんの思いはどのように、未来の踊り手へと受け継がれていくのだろう。
「今この場所でしか生まれ得ない表現を、とことんつくり続けていくしかない。いかに早く、いかに短時間で情報を消化するかを競う時代だけれども、残したいものが流されてしまわないために、世界の流れにただ合わせに行くだけではだめだという気がしています」
オリジナリティを提示したからこそ、MIKIKOさんが振り付けを手がけたアーティストたちは世界で注目された。海外公演では、日本人ならではの緻密な舞台づくりに驚かれることも多いという。
「ここまで周到に準備を重ね、細部まで仕込んで臨むのは日本人ぐらいだと言われます。振り付けにしても、肉感的でフィーリング重視の西洋の人と比べたら、身体を楽器と考えた場合に出せる音の大きさでは日本人は敵わない。ならば、日本人の身体じゃないと出せない音色ってなんだろうと考えた時、今のような振り付けに行き着いたというのもあります。踊りはいつの時代も、誰かが先生になって人へ伝授し、何度も何度も練習をして、たった一回の本番がある。何度も繰り返し練習したからこそ生まれるたった一度の感動を、伝言ゲームのように伝えていく営みなんです。原始的だけど面白い、100年後も変わらないであろう“人間の営み”担当として、これからも残せる限りの踊りを残していきたいです」