西陣織のDNAを原動力に、伝統工芸の魅力を世界へ発信
—— 細尾真孝(「細尾」12代目)
長きに渡って磨かれ伝えられてきた手仕事の心や技術が息づく、千年の都・京都。この地で西陣織の老舗「細尾」の12代目として、伝統工芸にイノベーションを起こしている細尾真孝さん。日々クラフトマンシップに触れながら、美意識を追求し、固定観念を打ち破る、その哲学とは?
Photos: 宇田川淳 Jun Udagawa Words: 小長谷奈都子 Natsuko Konagaya
人の手で美しいものを生み出す、工芸の思想
世界のトップメゾンやアーティストとのコラボレーションや、日本各地の染織産地のフィールドワークや古代染織の研究といったプロジェクトを展開するなど、西陣織を軸にボーダーレスな躍進を続ける細尾真孝さん。「工芸が時代をつなぐ」を社のフィロソフィーに掲げる。
「工芸はモノとしての工芸もありますが、人が美しいものを生み出す思想としても捉えています。工芸的な生産とは、素材の特徴を最大限に活かしお客様に合ったものをつくること、工芸的な消費とは、良いものを長く使い代を受け継いでいくこと。この工芸的な生産・消費のサイクルはこれからの時代、ますますスポットライトがあたる考え方ではないでしょうか」
織物の起源は9000年前に遡り、実用を超えて美を求めていくなかで、さまざまな織り方や素材が追求されてきた。ひいては、工芸の原点は織物にあるとさえ言える、と細尾さんは話す。
「有史以来、人とともにクラフトマンシップは存在し、常に美やより良いものを作りたいという向上心とともにありました。人を人たらしめている要素がクラフトマンシップではないかと思います」
壊そうとしても壊れない強さをもつのが伝統
伝統は革新の連続。これはよく言われることだが、細尾さんもまさにそれを体現する人だ。建築家ピーター・マリノ氏からの一通のメールをきっかけに、それまで使われていなかった150cm幅の織機を1年かけて開発し、西陣織の魅力を世界に知らしめた。
「伝統を守るためには同じことをやっていてもダメで、常に時代に合わせて変わり続けることが大切です。固定観念にとらわれず壊し続ける。そのためには新しい価値観や未知の領域への挑戦が絶対に必要になってくる。伝統は壊すつもりでいっても壊れない強さをもっているし、壊そうとする力を呑み込んでまた新しく変わり続ける強さがある。伝統を信じているからこそ、壊し続けられるのだと思います」
「HOSOO STUDIES」というプロジェクトで10本の染織の研究開発を進め、その成果を「HOSOO GALLERY」で展覧会として社会に向けて投げかける。枠にとらわれない多様な活動は目を見張るほどだが、その原動力はどこにあるのだろうか。
「まずは、生産性や効率よりも究極の美を追求する姿勢と行動、挑戦。次に協業。西陣織は約20の工程があり、一つひとつの工程をそのスペシャリストが担当しています。また、海外のデザイナーとの取り組みや、数学者、コンピュータープログラマーなど異分野の人と組んで新しい織物の研究も進めています。そして、革新。西陣織は明治維新後に最大の危機を迎えますが、若い職人が命がけでフランスから最先端のジャカード織機を持ち帰り、再生させたという歴史があります。この1200年間続く西陣織のDNAである美と協業、革新を大切にしていることが原動力となっています」
使い込まれるほどに価値を増す“経年美化”の魅力
「いまコロナ禍もあり、オンラインなど視覚的情報が多くなったけれど、触れてわかる情報量は大きく豊かなので、モノを選ぶ時は、実際に見て触れることを大事にしていますね。基準となるのは、タイムレスで語れるもの。工業製品だと経年劣化するため、新品が好まれる傾向にあるけれど、本物は使い込まれ、受け継がれて価値を増し、“経年美化”していくもの。また、良いモノには背景やストーリーが必ずあって、そういったものを身に着けたり囲まれていると豊かな気持ちになるし、自分の仕事でもベストを目指そうと勇気をもらえます」
6月のミラノサローネ国際家具見本市ではシルクとヘンプを合わせた最新コレクション「HERITAGE NOVA」を発表予定で、来春に向けて国内で大きなプロジェクトも進行中。プライベートでは能の謡の稽古を始め、先人の美意識に習っているという。美に最大限の価値を置き、しなやかに新しい地平を拓く細尾さんの活動に今後も注目だ。