新たな魅力を引き出してくれる、伝統的な紅の曖昧な色味
—— 長井かおり(ヘア&メイクアップアーティスト)
わかりやすく取り入れやすいメイク術で、ビューティ業界だけでなく巷の人からも高い支持を受けているヘア&メイクアップアーティストの長井かおりさん。メイクの道を邁進する彼女が、伝統の紅屋(べにや)が手がける「紅(べに)ミュージアム」を訪ね、“粧(よそお)うこと”について語ってくれた。
Photos: 後藤武浩 Takehiro Goto
Words: 川上朋子 Tomoko Kawakami
伝統的な技法でつくられる紅の魅力
ヘア&メイクアップアーティストの長井かおりさんが、クラフトマンシップを感じる場所として挙げてくれたのは、東京・表参道にある「紅ミュージアム」。江戸時代から続く、現存する日本で最後の紅屋「伊勢半本店」の資料館だ。「紅」とは、紅花から抽出される赤色色素のこと。花弁に含まれる赤色色素はわずか1%で、紅の抽出には膨大な手間と時間、そして高い技術と熟練の勘が求められる。それは、プロとしての経験を経て身につけてきた高いメイク術と鋭い勘を強みに、美容業界でクラフトマンシップを発揮し続ける長井さんとシンクロする部分が大いにありそうだ。
「紅づくりを昔と変わらない技法で行い、伝統を継承しているところが素晴らしい。私はメイクをする際に口紅がとても重要だと考えていますが、紅は、唇はもちろん目元にも頬にも使うことができます。人によって箇所によって、発色が異なる点も興味深いです」
どんな発色になるかは塗布するまでわからないという紅の曖昧さに触れ、「新しい自分の魅力に開眼する体験が生まれるかもしれない」と長井さん。さらに、メイクとは周囲への配慮のために自分軸ではなく他人軸でするもの、という日本人特有の捉え方にも言及する。長井さんは、化粧をすることでまったくの別人になる必要はないし、その人らしさを残すことが重要だと語る。
「もちろんメイクの力は大きいので別人になることも可能です。でも、その人らしさが際立つ美しさというものがある。あまりに本人のキャラクターから逸脱した顔になってしまうと、いくら綺麗でも居心地が悪いもの。だから、その人のキャラクターの延長線上にある、最上級に美しい顔を理想と考えてメイクをします」
必要なのは、芸術性と職人技の両輪
モデルにメイクを施す上で長井さんが大切にしているのはコミュニケーションだ。限られた時間の中で、その人の性格や求められるものを敏感に察知していく。そのプロセスは、プロを相手にするよりも、一般の人たちをメイクする時のほうが難度が高いと言う。
「皆さん、コンプレックスだらけ。特に美容好きの女性たちは、綺麗になるためにとても努力しています。その女性たちを納得させ、お悩みを解決することは私の使命の一つ。美しい女優さんやモデルさんのメイクだけを手がけていくだけでは、多くの女性のお悩みに応えていくことは難しいと考えています。だからこそ、今も一般の人のメイクをする機会を大切にしていて、彼女たちとのコミュニケーションは私にとっても重要なファクターになっているんです」
ビューティ業界のトレンドと一般女性たちの流行が異なることも珍しくない。そのギャップを埋めていくことも自分の役割の一つだと言う長井さん。新作コスメをいち早く使うことで自分なりに咀嚼し、一般のメイクに落とし込む方法を考える。ブラッシュアップを続ける彼女は、メイクアップアーティストに必要なクラフトマンシップについて、次のように語る。
「アーティスティックな才能と緻密な職人技。この両輪が揃ってこそ、メイクアップアーティストとしてのクラフトマンシップが成り立つと思います。私は芸術性に偏り過ぎたメイクだけをしたいわけではないし、職人技を極めるあまり淡々とメイクだけを施すというのも違う気がしています」
メイクの力で心からの笑顔を引き出す
さまざまなメイクアップアーティストがいるが、長井さんは自分を現場のムードに合わせ調整するタイプだと分析する。技術だけを極めることがすべてではなく、場の空気を読み、最善の状況をつくることも重要なのだと。
「プロならば、メイクが上手いのは当たり前。その撮影の空気感、メイクされる人の気分を即座に察知し、適度な心の距離を取りつつ、その人の日々の延長線にある美しい顔へと仕上げていく。メイクでさらに綺麗になって、自信がついた人が放つ、心からの素敵な笑顔に敵うものはありません」
磨き上げた技と相手を思う心の両方を持ち合わせる長井さんは、これからもたくさんの女性を笑顔に変えていくに違いない。それこそが、本当の美しさをもたらすメイクの真価なのだ。