繰り返しの中に見えてくる新たな景色を、次世代のスタンダードに
—— 國友栄一(バリスタ)
サードウェーブ、シングルオリジンなどコーヒーの新たな魅力が定着していく中で、バリスタとしてそのムーブメントを牽引してきた國友栄一さん。いま、「コーヒーのガストロノミー体験」を掲げてオープンした『KOFFEE MAMEYA -Kakeru-』が、世界の食通から注目を集めている。革命的ともいえる店はなぜ誕生したのか。バリスタという仕事の原点を振り返りながら、その思いを語る。
Photos: 清水将之(mili) Masayuki Shimizu
Words: 小久保敦郎 Atsuo Kokubo
バリスタの専門性を磨き続ける
日本でコーヒーが普及し始めてから100年余り。そのプロフェッショナルであるバリスタという職業が認知されたのは「ここ20年ぐらいのことではないでしょうか」と國友さんは言う。バリスタの仕事は、ワインに例えるとわかりやすい。コーヒー豆の特徴を見極める「目利き」の技術があり、その情報をもとにゲストが求める味わいに合った商品を提供する。つまり、ワインの世界であればソムリエの立場に一番近い。
「ただ、ソムリエとは決定的に違う部分があります。それは、コーヒー豆を一杯のコーヒーに抽出すること。豆の挽き方、湯の温度、かける時間で仕上がる味は変わっていく。これは、調理と同じ。ソムリエとシェフの両方を兼ねているのが、バリスタという仕事です」
国内では自らコーヒー豆を焙煎するバリスタも少なくない。カフェに焙煎機があれば、ゲストには「こだわりの店」と認識される。だが、國友さんは焙煎を行わず、専門のロースターに任せるスタンスを取り続けている。
「私は世界トップクラスのコーヒーを提供したいと考えています。そのためには中立にして公平な立場で豆を評価する必要がある。でも、自分で豆を焙煎すれば、その立場が崩れてしまいます。それに、分業というシステムがそれぞれの専門性を磨き、よりよいものを生み出すのではないか、という思いもある。この考え方は、日本のクラフトマンシップにもしっかりと根付いている気がしています」
バリスタが輝く非日常のステージ
バリスタという呼び名が浸透する前からコーヒー職人として活動してきた國友さんは、この職業を育てたいという思いが人一倍強い。そもそも「始めた頃は自分の仕事を職人と呼んでいいのかもわからなかった」と振り返る。
「伝統ある職業のように、師匠から何かを学べるわけではありません。ゼロから始めたものばかり。常に手探りでした。考えていたのは、どうすれば歴史がないバリスタを職業として認めてもらえるのか。どうすれば胸を張ってバリスタですと言えるようになるのか、ということ。例えば宮大工のような仕事は、一点に留まり深く掘り下げ、技術的な高みを目指している。そんな日本が誇るクラフトマンシップの方法論を見習いつつ、長年模索を続けてきました」
大阪でキャリアを積み、東京で活動を始めた國友さんは、まずテイクアウトのコーヒーショップ『OMOTESANDO KOFFEE』をオープン。その後、コーヒー豆のセレクトショップに進化させた『KOFFEE MAMEYA』としてリニューアル。そして2021年に開業した『KOFFEE MAMEYA -Kakeru-』は、コーヒーでガストロノミー体験をするのがコンセプト。人々の日常に溶け込んでいるコーヒーをコース仕立てで味わったり、カクテルで堪能できる非日常の時間を過ごすことができる。
「新たに開発した抽出方法など、これまでに蓄積してきたものをアウトプットする場として『Kakeru』をつくりました。コーヒーのコースやカクテルには、バリスタ渾身の技が注ぎ込まれています。ここは、バリスタが最も輝けるステージ。その技術をお客様が体感し、価値を感じてもらえれば、コーヒーマーケット全体の成長にもつながると考えています」
アップデートは日々の積み重ねから
まるでレストランのようにコーヒーのガストロノミー体験を楽しむ新境地。それだけでも十分な驚きをもって迎えられたのに、「コーヒーにはまだまだ可能性があります。ガストロノミーの世界で、ワインと肩を並べるポジションになる」と語る國友さんの眼差しは真剣そのもの。すでに行われた寿司とコーヒーのペアリングコースは好評を博し、次なる展開にも手応えを感じている。
「生豆を焼いて、お湯をかけて飲む。それはコーヒーが飲まれ始めてから変わっていない。自分の仕事も、正直なところ毎日同じことの繰り返しです。でも、同じことを繰り返していると、ほんの少しの違いが見えてくる。その積み重ねが、新たな景色になっていく。仕事の中でクラフトマンシップを感じるのは、そんな瞬間でしょうか。新たな景色が次世代のスタンダードとして継承されていくことを願っています」
日々の積み重ねに目を凝らすことで生まれる、イノベーティブなコーヒーの数々。「人に新しい感動をお届けするのが好き」という國友さんは、これからも新たな扉を開いていくのだろう。