日本独自の高度な技術に光を当て、次の世代に繋げる
—— ダヴィッド・グレットリ(デザインディレクター)
日本各地の伝統工芸や地場産業のブランディングやクリエイティブディレクションを手がけ、国内外のデザイナーと日本の職人との橋渡し役として新しい風を吹き込む、ダヴィッド・グレットリさん。日本に10年以上暮らした経験もある彼が、日本のクラフトマンシップを次世代に繋げるヒントとなる、ニュー・スタンダードなものづくりについて語った。
Photos: 小林久井 Hisai Kobayashi Words: 岩崎香央理 Kaori Iwasaki
新しいものづくりのためになにができるか
世界に誇るオリジナリティと高度な技術をもつ、日本の製造業。スイス出身のデザインディレクター、ダヴィッド・グレットリさんは、持続的なものづくりを目指す数々の企業と協働し、日本の名品・名工にグローバルバリューを見出している。
たとえば、有名家具メーカーのカリモク家具が、自社工場の設備と技術を活かし、2009年に国内外の若手デザイナーを起用して設立したブランド「カリモクニュースタンダード」。また、400年の歴史をもつ佐賀県の有田焼を世界に発信すべく、国内外のデザイナーとのコラボレーションによって今までにない仕組みで新しくつくったブランド「2016/」のデザインディレクションも、グレットリさんの仕事だ。彼は、メーカーとデザイナーの間に入り、新しいものづくりのためになにができるかを、常に探しているという。
「素晴らしい技術をもちながら、製品があまり注目されていない分野が、日本にはまだまだあります。実際に工場を見学して職人の仕事に触れると、その独自性とポテンシャルに感動することが多いのです」
完璧を求める姿勢がクオリティを高くする
日本で唯一、盆栽用じょうろを専門につくる東京都墨田区の根岸産業の根岸洋一さんも、グレットリさんが出会って感銘を受けたマイスターだ。根岸さんは先代から受け継いだ技術を磨くとともに、グレットリさんが手がけたプロダクトレーベル「SUMIDA CONTEMPORARY」に参加し、新しいフィールドを開拓。イギリスのデザイナー、ジャスパー・モリソンと共同で制作したじょうろが世界で高い評価を得た。
グレットリさんは言う。
「金属のシートを曲げて立体にするというシンプルな美しさのなかに、ここにしかない、彼にしかできない技があり、世界に紹介するにふさわしいと思いました。それと同時に、ものとして完璧であるがゆえに手を入れるところがなく、新しいものをつくれないのでは、と私もジャスパーさんも悩みましたね。すると、根岸さんから、盆栽専用の道具ではなく一般家庭でも使ってもらえるじょうろをつくりたい、とアイデアをもらった。たしかに、根岸さんのじょうろはプロ仕様のため家庭では使いにくい。そこに新しいデザインをする必要性が出てきたんです」
さらにグレットリさんは、誰に言われるでもなく技を極めていく本能が日本の職人文化にはある、と語る。
「ヨーロッパの職人社会では、受けた依頼通りにものをつくるのが普通です。しかし日本では、自分がつくりたいものを完璧につくるのが職人のプライド。だから、クオリティも高くなる」
彼が出会った日本の職人は皆、オープンマインドで海外への興味もあり、話をしても面白い人たちだという。
「彼らの話はすごく深くて、根岸さんも、水の出方ひとつを何年もかけて改良していたり、専門的な知識が根拠となっているのがよくわかります。マテリアル(素材)とファンクション(機能)に理由があるからこそ、素晴らしいかたちとなる」
世界が注目する日本のニュー・スタンダード
こうした日本のクラフトマンシップを世界に届けるには、「ローテックとハイテック」が鍵になるのでは、とグレットリさんは考える。
「根岸さんのじょうろは、製品も製法も非常にローテック。だけど完璧で、これより精細に水を出せるじょうろは世界のどこにも存在しない。ローテックなものづくりにハイテックを極めること。そのノウハウが日本には残っていると思うのです」
グレットリさんをはじめ海外のデザイナーたちは、そうした日本のノウハウに熱い視線を注いでいる。
「デザイナーにとって、日本はすごく楽しい場所です。日本の繊細なものづくりは、海外から見るとミラクルそのもの。新しいかたちやデザインを、日本の素材と技術を使って表現する試みが、日本のニュー・スタンダードをつくっていくと思います」