ものづくりの良心を大切に、日本のアイデンティティを示す
—— 三澤彩奈(ワイン醸造家)
2014年、世界最大級のワインコンペティションで「キュヴェ三澤 明野甲州2013」が日本産ワイン初の金賞を受賞。以降、6年連続での受賞歴を誇り、つくり手として世界から注目されるワイン醸造家の三澤彩奈さん。「ものづくりの命は細部に宿る」。そう話す三澤さんは、常にクラフトマンシップを意識しながら仕事と向き合うという。
Photos: 小林久井 Hisai Kobayashi Words: 小久保敦郎 Atsuo Kokubo
人生をかけて取り組むワインづくり
山梨で4代続くワイナリーの長女として生まれた三澤さんにとって、ワインづくりは小さな頃から憧れの仕事だった。
「ぶどうジュースが自然に発酵して、ワインというものに生まれ変わっていく。それは子どもながらに神秘的でしたし、どこか魔法のようでもありました。何よりも、祖父や父の働く姿がかっこよかった。人生をかけてこの仕事をやり遂げたいという気概が伝わってきて。自分も、働くならそんな仕事をしたいと思うようになりました」
本格的にワインづくりを学ぶためフランスに渡り、ボルドー大学ワイン醸造学部に入学する。卒業後は南アフリカの大学院で学び、さらにオーストラリアほか南半球数カ国のワイナリーで技術と知識に磨きをかけた。長年、海外でワインづくりに携わるうちに、三澤さんの心にある思いが芽生えたという。
「学校の同級生、そしてワイナリーで出会った仲間には、志の高い人がたくさんいました。みんな心に響くようなワインを本気でつくりたいと考えている。とても刺激的でした。当時の日本の状況とは少し温度差を感じたこともあり、自分も海外でワインづくりにチャレンジしたいと思い始めまして。日本に戻るかどうするか、悩んだ時期がありました」
そんな時、かつて父に薦められて手にし、感銘を受けた一冊の本の存在を思い出す。民藝運動で知られる思想家の柳宗悦が著した『手仕事の日本』だ。
日本の本質的なよさをワインに生かす
ワインはグローバルな飲み物で、それだけ競争が激しい世界。しかも海外から見た日本は、ワイン生産国としての認知もままならない状況だ。信念をもたずにつくっていたら、たとえいいワインでも埋もれてしまう……。そう考えていた三澤さんに、日本でワインづくりをする意義を改めて問いかけてきた本だった。
「民藝の実直さや誠実さ、特に日本人ならではの手仕事のよさが語られています。美についていえば、普通は『美を追いかける』感じですが、民藝の正解は『美が追いかけてくる』。つまり実直な仕事の中に美があるという。これは海外にはない発想でした。自分は日本人ですし、日本のアイデンティティをワインで表現していく必要がある。それは表面的な“日本らしさ”ではなく、本質でなくてはいけません。ならば手仕事とか勤勉さとか繊細さとか、そういう部分を掘り下げていけばいいのではないか。そう思い至って、日本でワインづくりをする覚悟ができました」
手仕事を重視する三澤さんのワインづくりは、大量生産とは無縁の世界。例えばスパークリングワインは瓶詰めして数年の熟成後、澱(おり)を抜くため、瓶を逆さまにして瓶口に澱を集める必要がある。機械に頼らず行う場合、かかる時間は約1カ月。瓶を少しずつ手で回して、毎日一本ずつ様子を確かめながら。それだけではない。
「日本の冬は乾燥します。乾燥すると静電気が発生して、澱が集まりにくくなる。だから加湿器を使います。加湿器を使わず、仮に極微量の澱が残ったとしても、お客様は気づかないかもしれません。でも、些細なことを大切にしたい。ものづくりの命は細部に宿る。そう考えていますから」
常に頭の中心にある、ものづくりへの真摯な気持ち
国際的な評価の高まりを受け、海外メディアからの取材も多い三澤さん。自分のワインのよさは?と聞かれれば、「クラフトマンシップ」と答えるという。
「クラフトマンシップというのは、信念や哲学、美学などあらゆるものが詰まった言葉だと思います。私は人の心に響くワインをつくりたくて、でも、それは究極の中からしか生まれてこない。だから味覚を守るために食べ物を選ぶ日常生活も、ストイックと言われることがありますが、つらいことではありません。クラフトは手づくりであり、どこか弱い部分もある。だからこそ細部の細部まで気を使い、ものづくりの良心を大事にしながら仕事と向き合っています」
ワイナリーの中央葡萄酒は、来年創業100年という節目の年を迎える。その先の未来をも見据えて、着実に歩みを進める三澤さん。ものづくりへの誠実な姿勢が、さらなる飛躍の原動力になる。