明日のメイドインジャパン vol.8

ものづくりの良心を大切に、日本のアイデンティティを示す
—— 三澤彩奈(ワイン醸造家)

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2014年、世界最大級のワインコンペティションで「キュヴェ三澤 明野甲州2013」が日本産ワイン初の金賞を受賞。以降、6年連続での受賞歴を誇り、つくり手として世界から注目されるワイン醸造家の三澤彩奈さん。「ものづくりの命は細部に宿る」。そう話す三澤さんは、常にクラフトマンシップを意識しながら仕事と向き合うという。

Photos: 小林久井 Hisai Kobayashi Words: 小久保敦郎 Atsuo Kokubo

人生をかけて取り組むワインづくり

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山梨県北杜市明野町にある三澤農場。屏風のような南アルプスが雲の発生を抑え、国内トップクラスの日照時間を誇る環境で糖度の高いぶどうを栽培する。

山梨で4代続くワイナリーの長女として生まれた三澤さんにとって、ワインづくりは小さな頃から憧れの仕事だった。

「ぶどうジュースが自然に発酵して、ワインというものに生まれ変わっていく。それは子どもながらに神秘的でしたし、どこか魔法のようでもありました。何よりも、祖父や父の働く姿がかっこよかった。人生をかけてこの仕事をやり遂げたいという気概が伝わってきて。自分も、働くならそんな仕事をしたいと思うようになりました」

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室温が15℃前後に保たれたワインカーヴで熟成中の赤ワインをチェック。1年以上先のリリースをイメージしながら、状態を確認する。

本格的にワインづくりを学ぶためフランスに渡り、ボルドー大学ワイン醸造学部に入学する。卒業後は南アフリカの大学院で学び、さらにオーストラリアほか南半球数カ国のワイナリーで技術と知識に磨きをかけた。長年、海外でワインづくりに携わるうちに、三澤さんの心にある思いが芽生えたという。

「学校の同級生、そしてワイナリーで出会った仲間には、志の高い人がたくさんいました。みんな心に響くようなワインを本気でつくりたいと考えている。とても刺激的でした。当時の日本の状況とは少し温度差を感じたこともあり、自分も海外でワインづくりにチャレンジしたいと思い始めまして。日本に戻るかどうするか、悩んだ時期がありました」

そんな時、かつて父に薦められて手にし、感銘を受けた一冊の本の存在を思い出す。民藝運動で知られる思想家の柳宗悦が著した『手仕事の日本』だ。

日本の本質的なよさをワインに生かす

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ぶどうの栽培から始まり、ワインを仕込み、最終的に味を決めるすべての流れが三澤さんの考える醸造家という仕事。「どの工程もリスペクトしながら、常に情報をアップデートして丁寧なワインづくりを心がけています」

ワインはグローバルな飲み物で、それだけ競争が激しい世界。しかも海外から見た日本は、ワイン生産国としての認知もままならない状況だ。信念をもたずにつくっていたら、たとえいいワインでも埋もれてしまう……。そう考えていた三澤さんに、日本でワインづくりをする意義を改めて問いかけてきた本だった。

「民藝の実直さや誠実さ、特に日本人ならではの手仕事のよさが語られています。美についていえば、普通は『美を追いかける』感じですが、民藝の正解は『美が追いかけてくる』。つまり実直な仕事の中に美があるという。これは海外にはない発想でした。自分は日本人ですし、日本のアイデンティティをワインで表現していく必要がある。それは表面的な“日本らしさ”ではなく、本質でなくてはいけません。ならば手仕事とか勤勉さとか繊細さとか、そういう部分を掘り下げていけばいいのではないか。そう思い至って、日本でワインづくりをする覚悟ができました」

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醸造家の父が持つ手巻きのグランドセイコーに、クラフトマンの勲章として憧れを抱き、自身も甲州ぶどうを思わせる淡藤色のダイヤルカラー「STGF349」を愛用する。この日はミドルサイズのレザーストラップ「SBGX349」を手にして「上品かつ落ち着いた雰囲気が素敵。クラフトマンシップを感じるグランドセイコーの腕時計は、大切な日に着けたくなります」と話す。

手仕事を重視する三澤さんのワインづくりは、大量生産とは無縁の世界。例えばスパークリングワインは瓶詰めして数年の熟成後、澱(おり)を抜くため、瓶を逆さまにして瓶口に澱を集める必要がある。機械に頼らず行う場合、かかる時間は約1カ月。瓶を少しずつ手で回して、毎日一本ずつ様子を確かめながら。それだけではない。

「日本の冬は乾燥します。乾燥すると静電気が発生して、澱が集まりにくくなる。だから加湿器を使います。加湿器を使わず、仮に極微量の澱が残ったとしても、お客様は気づかないかもしれません。でも、些細なことを大切にしたい。ものづくりの命は細部に宿る。そう考えていますから」

常に頭の中心にある、ものづくりへの真摯な気持ち

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三澤彩奈
中央葡萄酒株式会社4代目の長女として生まれる。フランスのボルドー大学醸造学部を卒業後、ブルゴーニュでフランス醸造栽培上級技術者資格を取得。さらに南アフリカのステレンボッシュ大学大学院に留学。帰国後、2008年に中央葡萄酒の栽培醸造責任者に就任。2014年、世界最大級のワインコンペティション「デキャンター・ワールド・ワイン・アワード」で日本産ワイン初の金賞を受賞し、6年連続で金賞受賞。2019年、アメリカのブルームバーグが発表した世界トップ10ワインに選出。著書に父の茂計氏との共著『日本のワインで奇跡を起こす 山梨のブドウ「甲州」が世界の頂点をつかむまで』(ダイヤモンド社)がある。

国際的な評価の高まりを受け、海外メディアからの取材も多い三澤さん。自分のワインのよさは?と聞かれれば、「クラフトマンシップ」と答えるという。

「クラフトマンシップというのは、信念や哲学、美学などあらゆるものが詰まった言葉だと思います。私は人の心に響くワインをつくりたくて、でも、それは究極の中からしか生まれてこない。だから味覚を守るために食べ物を選ぶ日常生活も、ストイックと言われることがありますが、つらいことではありません。クラフトは手づくりであり、どこか弱い部分もある。だからこそ細部の細部まで気を使い、ものづくりの良心を大事にしながら仕事と向き合っています」

ワイナリーの中央葡萄酒は、来年創業100年という節目の年を迎える。その先の未来をも見据えて、着実に歩みを進める三澤さん。ものづくりへの誠実な姿勢が、さらなる飛躍の原動力になる。

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