Caliber Stories
Produced by chronos for Grand Seiko
異次元の性能を手に入れた新世代スプリングドライブの革新性を見る
Vol.1
キャリバー9RA2のすごさの理由
2020年、グランドセイコーはふたつの画期的な自社製自動巻ムーブメントを発表した。ひとつは機械式のキャリバー9SA5、もうひとつはスプリングドライブのキャリバー9RA5だ。時計業界関係者に絶賛された、このキャリバー9SA5と9RA5に続いて、2021年に発表されたキャリバー9RA2は、やはり時計業界に大きなインパクトをもたらすだろう。
- 広田雅将(『クロノス日本版』編集長):文
- Text by Masayuki Hirota (Editor-in-Chief of Chronos Japan Edition)
キャリバー9RA5
キャリバー9RA2
キャリバー9RA5から9RA2へ至るスプリングドライブの歩み
機械式ムーブメントとクオーツムーブメントのメリットを併せ持つスプリングドライブ。これは、力は強いがクオーツほど正確ではない機械式と、正確だが力の弱いクオーツの、いわば「いいとこ取り」である。もっとも、動力ぜんまいの解ける力で時分秒針を動かし、発電も行い、発電した電力でクオーツ(水晶振動子)とICを作動させるという複雑なメカニズムを量産できたのは、セイコーのみだった。
1999年以降、セイコーはスプリングドライブの改良に取り組み、2004年には初めてグランドセイコーに搭載した。新たに自動巻機構を加え、さらにはパワーリザーブ、つまり時計の駆動時間を大幅に進化させた。ムーブメントの省電力化を進めることで、グランドセイコー用の新しいスプリングドライブは、パワーリザーブを約48時間から約72時間に延ばすことに成功したのである。これを完成させたグランドセイコーは、続いて、より高性能なスプリングドライブの開発に取り組んだ。その狙いは「数十年後も第一級のムーブメントであること」。結果、2020年に完成したのが、まったく新しい設計を持つキャリバー9RA5であった。
グランドセイコーがなぜキャリバー9RA5を作り上げたかは、初めての搭載モデルに明らかだ。選ばれたのは、グランドセイコーのヘリテージコレクションではなく、なんとダイバーズウオッチだったのである。まったく新しいムーブメントを、まずスポーツウオッチに載せるメーカーは他にない。グランドセイコーは、まずダイバーズウオッチに載せることで、新世代のスプリングドライブが、グランドセイコーに相応しい頑強さを持っていることを明確にアピールしたのだ。
このキャリバー9RA5に改良を加えたのが、2021年発表の新しいキャリバー9RA2である。基本的な設計はキャリバー9RA5に同じだが、パワーリザーブ表示はダイヤル側から裏ぶた側に移された。
最初にダイバーズウオッチに搭載されたことが示す通り、新しい9RA系は極めて頑丈なムーブメントである。しかしグランドセイコーは、このムーブメントに薄さという相反する要素も盛り込んだ。機械式のキャリバー9SA5、スプリングドライブのキャリバー9RA5と9RA2の登場は、薄さへの挑戦がもたらした結実と言えるだろう。
新しいスプリングドライブが薄さと頑丈さを両立させた秘訣とは?
新しいキャリバー9SA系と9RA系は、まったく新しい思想から生まれたムーブメントだった。普通、時計用のムーブメントを設計する場合は、グランドセイコーに限らず、部品を重ねる。対して新しいキャリバー9SA系と9RA系は、ムーブメント径を大きくすることで、さまざまな部品を重ねるのではなく水平に並べ、厚みを減らしたのである。とはいえ、従来のスプリングドライブの9R6系は、設計の自由度が低かった。動力ぜんまいを巻き上げるマジックレバーは優れた巻き上げ性能を発揮するために、ムーブメントの中央部に配置されていた。
オフセットマジックレバー
対してグランドセイコーの技術陣は、ムーブメントの中心にあったマジックレバーをずらして、ムーブメントの余白に埋め込んでみせた。性能を落とさずに薄型化を実現したのが「オフセットマジックレバー」であり、キャリバー9RA5と9RA2の大きな特徴と言える。
ワンピースセンターブリッジ
また、新しいキャリバー9RA5と9RA2を設計するにあたって、グランドセイコーの技術陣は薄さと頑強さという矛盾を同時に解決しようと考えた。では、薄いムーブメントをどうやって丈夫に作るのか。鍵となったのが「ワンピースセンターブリッジ」である。ムーブメントの中に多くの部品を持つスプリングドライブは、部品を支えるブリッジ(カバー状の部品)がどうしても増えてしまう。対してキャリバー9RA5と9RA2では、これらの部品をできるだけ1カ所にまとめ、1枚の大きなブリッジでカバーしたのである。キャリバー9RA5を過酷な環境で使われるダイバーズウオッチに採用できた理由である。
理論上は無理と言われた月差±10秒を達成
高精度スプリングドライブパッケージIC
もっとも、薄くて丈夫なだけでは、グランドセイコーのムーブメントとは呼べないだろう。キャリバー9RA5と9RA2は、月差±10秒以内という、今までの9R6系のスプリングドライブ以上の精度を持っている。今までの9R6系に比べて±5秒しか変わっていない、と思われるかもしれないが、簡単なことではないのである。
グランドセイコーは1993年に、年差±10秒以内という9Fクオーツを発表した。月ではなく、年に±10秒以内という高い精度をもたらしたのが、温度補正機能だった。クオーツ時計の心臓部に使われる水晶振動子(クオーツ)は、温度が変わると精度が変わってしまう。そこでグランドセイコーは、温度補正を加えることで、クオーツの精度を可能な限り一定にしたのである。新しいキャリバー9RA5と9RA2が載せたのも、この温度補正機能だった。9Fクオーツとは違い、発電量の少ないスプリングドライブにおいて、持続時間を保ちながら温度補正で精度を担保するのは、並大抵のことではない。
デュアルサイズバレル
また新しいキャリバー9RA5と9RA2は、約120時間という極めて長いパワーリザーブを持っている。最新の自動巻が、長くても約72時間のパワーリザーブを標準とすることを考えれば、キャリバー9RA5と9RA2の駆動時間はずば抜けて長い。しかも、クオーツで制御されるスプリングドライブは、機械式時計と違い、動力ぜんまいがすべて解けきる直前でも精度が悪くならないのである。約120時間、安定した精度を維持し続けるキャリバー9RA5と9RA2は、新世代のグランドセイコーに相応しいムーブメントと言えるだろう。
約120時間も安定して動力を生み出せる理由は、新設計のデュアルサイズバレルにある。デュアルサイズバレルは、動力ぜんまいを収めたふたつの香箱を持つが、一般的な直列や並列の香箱とは異なり、メインバレルとサブバレルで香箱自体と内蔵する動力ぜんまいのサイズが異なっている。時計を直接駆動するのはメインバレルの動力ぜんまいだが、メインバレルの動力ぜんまいが解けてサブバレルとのトルク差が生まれると、サブバレルの動力ぜんまいが解けて自動的にメインバレルの動力ぜんまいを巻き上げる。このシステムにより、キャリバー9RA5と9RA2は、ムーブメントサイズからは考えられないほどの長いパワーリザーブを持てるようになったのである。
グランドセイコーの長い取り組みが結実したキャリバー9RA5と9RA2。では、グランドセイコーは、具体的にどんな工夫をそこに込めたのか? 次回以降、その詳細を明らかにしていく。
To be Continued......