Caliber Stories
Produced by chronos for Grand Seiko
GS史上最高の新世代メカニカルムーブメント
キャリバー9SA5搭載モデルSLGH005の真価
Vol.6
世界の時計有識者が語るグランドセイコーとキャリバー9SA5の凄さと魅力
今や、世界的な評価を得るに至ったグランドセイコー。1960年の誕生以来、かつてはほぼ日本でしか知られていなかったが、2017年の独立ブランド化以降、その一挙一動は世界の時計関係者の注目を集めるに至った。では、そんなグランドセイコーは、海外の時計ジャーナリストたちにはどう映っているのか? ヨーロッパを代表するジャーナリスト3人に、グランドセイコーの魅力を語ってもらおう。
- 広田雅将(『クロノス日本版』編集長):取材・文
- Text by Masayuki Hirota (Editor-in-Chief of Chronos Japan Edition)
ヨーロッパを代表する3人のジャーナリスト
それぞれの目に映るグランドセイコーとキャリバー9SA5
ギズベルト・L・ブルーナー、セルジュ・メイラード、そしてスザンヌ・ウォン。この3人のジャーナリストは、グランドセイコーが世界的に今ほど注目を集めていない頃から、そのユニークさと高い価値を認めていた。いわば“ヨーロッパの目”とも言えるこの3人は、何にグランドセイコーの魅力を感じるのか? 彼らが見いだした日本人が見落としがちな美点は、グランドセイコーが世界的な普遍性を持つことの証しでもある。
膨大な知識により、時計評論の在り方を打ち立てた第一人者が、ドイツのギズベルト・L・ブルーナーである。主にスイスやドイツの時計メーカーに関して多くの著作を記してきた彼は、日本の時計メーカーにも極めて造詣が深い。彼が著すのは、グランドセイコーがヨーロッパで躍動しはじめた独立ブランド化からキャリバー9SA5に至る近年の飛躍の物語だ。
ヨーロッパを代表する時計メディアが『ヨーロッパスター』である。1927年に発刊されたこの時計メディアは、スイスだけでなく、今や世界全域をカバーするに至った。そんなヨーロッパスターは、古くから日本の時計産業を丁寧に追いかけてきた。来日経験の多い編集長のセルジュ・メイラードは、新しいグランドセイコーに日本の美を見いだした。
シンガポール発の時計専門誌『レボリューション』アジア版の編集長を経て、『ワールドテンパス』の編集長となったスザンヌ・ウォン。シンガポールに生まれ、スイスに移住した彼女は、アジアとヨーロッパの視点を併せ持つ稀有な人物だ。今や、高級時計財団(FHH)の文化委員会のメンバーも務めるウォン。彼女が注目したのは、1960年に世に出たグランドセイコーとビートルズに共通する、独創性と創造性だ。
ヨーロッパから見たグランドセイコー
――61年の実績とさらなる若々しさを讃えて
齢60ともなると、ヨーロッパの場合は大抵すでに引退について考えているものだ。しかし、グランドセイコーはその節目の時期をまったく違うようにとらえている。2017年、日本の高品質なマニュファクチュールであるグランドセイコーがブランドとして独立し、世界の時計業界に仕掛け出したうねりは、さらに大きくなりそうだ。
- ギズベルト・L・ブルーナー:文
- Text by Gisbert L. Brunner
- 市川章子:翻訳
- Translation by Akiko Ichikawa
日本からヨーロッパへの躍動
グランドセイコーは並外れて特殊でミステリアス、そして同時に明らかに反抗精神の気概に満ちている。グランドセイコーは、2017年からブランドとして独立し、そのロゴ入りの腕時計をヨーロッパに向けても発表している。詳しく言うならば、グランドセイコーの文字盤からついに「SEIKO」の文字は消え、ダイレクトにそのブランド名が伝わるようになったのだ。
グランドセイコーが東京から北に500kmほど離れた岩手県雫石町に専用の工房を特設していることは、ヨーロッパではまだあまり知られていない。「グランドセイコースタジオ 雫石」という名のこの工房では、日本の時計産業が持つ最高峰の精緻さで作業が行われている。ここで作られるムーブメントは、驚くなかれ、完全に手作業で組み立てられているのだ。こうしたやり方はスイスでは多くのところであまり見られなくなっている。そしてグランドセイコーのモデルに搭載されるムーブメントにはスイスの公式クロノメーターよりさらに厳しい独自の規格が設けられ、ひとつひとつチェックの上で合格したものがザラツ研磨という手間の掛かる手法で研磨が施されたケースにケーシングされる。日差(静的精度)はプラス5秒からマイナス3秒の範囲内とされているのだ。それ故にグランドセイコーは、世界的な供給量を上げることに対しては目下のところ慎重になっているようだ。このような方針でブランド名を文字盤に掲げた腕時計を作ろうとすれば、すなわち多大な費用を要するということにもなろう。
技術の集大成とも言える60周年記念の新キャリバー
グランドセイコーの誕生60周年を迎えるにあたり、記念となるべく作られたのが新型のキャリバー9SA5だ。直径31.6mm、厚さはわずか5.18mmの自動巻ムーブメントは岩手県雫石町にあるグランドセイコースタジオ 雫石で製造され、目下のところ同ブランドの最高峰に位置する。その歴史をたどるとグランドセイコーが新たな時代を迎えた1998年にさかのぼることになる。その時発表されたのがキャリバー9S55だった。その最進化形として完成したのが2020年に発表されたキャリバー9SA5なのだ。
ところで、時計を最上級クラスのクロノメーター(ここでは高精度時計という意味)に仕立てるには、てんぷの振動数を3万6000振動/時にするというやり方がある。それは最近の手法というわけではない。セイコーの技術者たちはすでに1960年代に、量産ムーブメントの緩急調整と長時間の精度安定性に対して10振動/秒(3万6000振動/時)の持つ意義を理解していたのだ。その理念のもとに1967年に発表されたのが直径28mmの高振動キャリバー5740Cであった。古典的設計で、スムースてん輪と平ひげぜんまいを使用したこの手巻ムーブメントは、ロードマーベル36000に搭載された。これが日本の腕時計で最初の量産型ハイビートモデルとなったのだ。
雫石発の革新的進化
注目すべきはキャリバー9SA5に使用されているデュアルインパルス脱進機だ。その独自の構造は、グランドセイコーでもスタンダードなスイスレバー脱進機からかけ離れたものとなっている。周知のように、機械式時計の脱進機には原則的に異なるふたつの役割が課せられている。まずひとつは、香箱からがんぎ車までの回転運動(トルクの伝達)を、てんぷの往復運動に変換すること。そしてもうひとつは、規則正しい周期で振動(往復運動)するてんぷが振動し続けるために動力ぜんまいのエネルギーをてんぷに伝えることだ。長らく使われてきたスイスレバー脱進機ではそこそこ満足できるだけの成果は出るが、感動的なまでの称賛にはまったく至らない。問題となるのはどうしてもエネルギーロスが生じることと定期的な整備が必要なことで、それが英国の偉大なる時計師ジョージ・ダニエルズがコーアクシャル脱進機を発明したことにもつながっている。グランドセイコーのデュアルインパルス脱進機にはジョージ・ダニエルズ式コーアクシャル脱進機とある種の共通点が存在するというのはその通りなのだが、両者には違いが見られる。それについて語ると、デュアルインパルス脱進機の中心からずらした位置にあるアンクルについて始まり、ルビーの爪石付き振り座の話に落ち着くだろう。
グランドセイコーは爪石に合計3つのルビーを使用して脱進機を構成している。それは、がんぎ車から力を受ける流れを作るにあたって、直接的な衝撃と間接的な衝撃のふたつが交代し続ける方式を取っているからだ。直接的に衝撃が加わる時は、星のような形をしたがんぎ車の歯のひとつの先端が振り座に据えられた爪石をじかに触れて動かし、てんぷに機敏な動きをもたらす。それに続いて従来のスイスレバー脱進機と同じようにがんぎ車がアンクルの出爪石に当たり、がんぎ車の動きが抑制される。続いて、てんぷの振り石がアンクルを押し、がんぎ車の抑制が解除されると、その直後にがんぎ車の歯が出爪石にかかり、アンクル全体とその先端を経由して、間接的に振り座の振り石に力が伝達されるようになっているのだ。そして、入り爪石は動きを抑制し続けるように設計されている。
ハイテクを駆使した部品製造
もちろん、こうした手法の新型脱進機には高度なテクノロジーが必要となる。デュアルインパルス脱進機のがんぎ車とアンクル本体の製造は、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)という技術によって実現した。この技術を生かすと、フォトリソグラフと電解めっきにより軽量で複雑な形状の部品製造が可能になるのだ。シリコン素材についてはもろく壊れやすい性質を考慮して、当面のところは取り入れていない。キャリバー9SA5のふたつの香箱に入る動力ぜんまいと、ひげぜんまいも自社内で製造している。これらのぜんまいに使用されているのはスプロンというコバルトとニッケルの特殊合金だ。以来60年以上研究開発を続け、進化を遂げてきた。グランドセイコー最高峰の自動巻ムーブメントに使用するひげぜんまいは、巻き上げのエンドカーブを決定するために何万回ものシミュレーションを行ったという。このあたかも呼吸しているかのように反復して収縮する動きを見せる極小の部品がてんぷの慣性変動を左右し、キャリバー9SA5が誇る高い精度の鍵を握っているのだ。
その組み立ては細心の注意を払って行われ、精度はスイスの公式クロノメーター検査協会(C.O.S.C.)の検査規格より厳密な規格内に調整される。この種の検定は、日本の時計産業界では公式には採用されておらず、これはグランドセイコーの独自規格によるものだ。キャリバー9SA5の静的精度は日差プラス5秒からマイナス3秒までの間に収まるものとしている。グランドセイコー規格検定は8℃、23℃、38℃の3段階に保った温度と、6つの姿勢における実測での精度チェックがなされるため、検定が終了するまで17日間を要するのだ。スイスの公式検定ではチェック項目は5姿勢だが、グランドセイコーではもうひと姿勢加えられているので、検定前に行われる調整には高い調整技能が要求され、そこに妥協は許されない。そのデータは工房内での静的精度として記録が残される。
ところでこのムーブメントの自動巻システムについて説明すると、回転錘はベアリング使用の一般的なものだが両方向回転式で、隣接するふたつの香箱の動力ぜんまいを巻き上げていく。回転錘の取り外しには専用工具を使用する。3万6000振動/時のハイビートはエネルギーの消耗が早いのが定説だが、パワーリザーブは約80時間とかなり長い。これはエネルギー伝達効率が約20%上がったことによるところが大きい。
並外れて高度な技術が全面に押し出されたこのムーブメントはEvolution 9 Collection SLGH005に搭載されることを考慮して作られたことは疑うべくもない。直径40mm、厚さ11.7mmのステンレススチール製ケースに収まる銀色のダイヤルは白樺の樹を想わせる仕上がりだ。ダイヤルの外周に沿って回り過ぎて行く青い秒針が鮮やかに映える。3時位置には日付表示の小窓がある。裏ぶたはサファイアガラスが嵌められているが、耐磁性能は4,800A/m、防水性能は10気圧と優れた性能を持つ。
機械式時計の最先端技術と粋を極めた匠の技が価格に反映されているのは自然なことだろう。しかし、グランドセイコーの愛好者は分かっている。日本ならではの品質の高さと少数生産であること、クロノメーターの現在のメインストリームとは異なり、さらなる高精度を追求した日常から離れたよそゆきの佇まいは、称賛の対象なのだ。その価値を理解する者は、しきたりに従い敬意を表してチップを上乗せすることすら厭わないだろう。
ギズベルト・L・ブルーナー
グランドセイコー、ハイビートキャリバー9SA5で世界的な評価を獲得
グランドセイコーは2017年に独自のブランドとして誕生して以来、世界的な評価の獲得に向けて着実に歩んできた。メカニカルハイビートムーブメント「キャリバー9SA5」は、その取り組みにおいて大きな役割を果たしてきた製品である。2021年11月4日開催の「ジュネーブ時計グランプリ(Grand Prix d’Horlogerie de Genève)」において、「メンズウォッチ」部門賞を受賞したグランドセイコー「Evolution 9 Collection SLGH005」にはキャリバー9SA5が搭載されている。
- セルジュ・メイラード、ベンジャミン・テセール/ヨーロッパスター:文
- Text by Serge Maillard, Benjamin Teisseire/Europa Star
グローバルに評価を高めるグランドセイコー
グランドセイコーは現在、世界で最も評価の高い高級腕時計メーカーのひとつとしての地位を確立している。グランドセイコーのグローバル展開が決定されて以降、同ブランドは世界的な評価の獲得に向けて驚くほど着実に歩を進めてきた。特に2017年に独立ブランド化が発表されてからは、その歩みはさらに加速している。
過去数十年間に、時計愛好家の間ではグランドセイコーはすでに十分な認知度と評価を獲得している。一方、グランドセイコーが日本国内のみならず、世界の舞台で存在感を急速に高めていることを示唆する出来事もいくつか見られる。そのひとつが、グランドセイコーが発表した、2022年3月30日から4月5日までスイス・ジュネーブで開催される高級時計展示会「ウォッチズ&ワンダーズ(Watches and Wonders)」への参加である。グランドセイコーは、高級腕時計メーカーによる「選りすぐりの」本格ブランドとして同展示会に初めて参加し、2022年コレクションを全世界に向けて発表する予定である。
世界的なステータスを新たに獲得したことを示唆するもうひとつの出来事が、「腕時計メーカーのアカデミー賞」と言われる2021年開催の「ジュネーブ時計グランプリ(GPHG)」におけるグランドセイコー「Evolution 9 Collection SLGH005」による「メンズウォッチ」部門賞の受賞である。グランドセイコーにとって今回の受賞は、2014年にグランドセイコー「メカニカルハイビート36000 GMT 限定モデル」が「小さな針」(“La Petite Aiguille”プティット・エギュィーユ)部門賞(8000スイスフラン以下の時計を対象とした部門)を受賞して以来、GPHGにおける2度目の受賞となり、日本のブランドとしてはいずれもグランドセイコーだけが成し遂げた快挙である。
世界的な飛躍
受賞した時計に搭載されているメカニカルハイビートムーブメント「キャリバー9SA5」は、腕時計業界における最も信頼性の高い機械式ムーブメントを巡る競争を制する有力な候補として、グランドセイコーが世界的な舞台での地位を確立する上で重要な役割を果たしてきた。セイコーウオッチの内藤昭男社長は受賞スピーチのなかで「この度の受賞モデルは、あらゆる面で卓越した時計作りを追求する、グランドセイコーの飽くなき姿勢を体現しています。日本独自の哲学に基づくものづくりの伝統と、高品質の追求が、時計業界で最も名誉ある賞を賜りましたことを大変光栄に存じます」と語っている。
事実、同賞は、グランドセイコーの優れた品質と「THE NATURE OF TIME」のブランドフィロソフィーが全世界の同業者から受賞にふさわしいものとして認められたことを明確に示すものである。目の肥えたコレクターたちは、それが絶対に必要なものであるという同社の信念をすでに理解しており、そこに信頼感を覚えているのだ。
グランドセイコーは1960年以降、美しく、正確で、信頼性の高い機械式ムーブメントと腕時計を製造してきた。1998年に開発された9S5シリーズのメカニカルムーブメントは、グランドセイコーにおける精密さと信頼性に関する新たな章の始まりを告げるものとなった。2020年、記念すべき60周年を迎えた偉大な日本の腕時計ブランドは、その豊かな腕時計製造の歴史に新たな1ページを加えたいと考えた。その表れとなったのが、極めて革新的で斬新なキャリバー9SA5の導入であった。
新型ムーブメントを設計したキャリバー9SA5設計士の藤枝久は、この新たなメカニカルハイビートムーブメントの開発に9年を費やしたと説明している。藤枝は「私たちが目指したのは、高い精度と長期間持続する性能を実現すること、そして機械式腕時計に革命をもたらすことでした」と語っている。彼は、同社が過去に生み出した製品と、それが実現した経緯について調査し、機能にはっきりとした進化をもたらすためには、リスクを取りながらもイノベーションを追求する必要があると確信したという。
高度な技術革新
ただし、話はそれだけでは終わらない。グランドセイコーの設計チームは精密かつ軽量な部品の製造が可能なMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)の長所を活かし、新型キャリバー9SA5の機能をさらに改良した。がんぎ車の設計に単層歯を採用することにより、慣性モーメントを抑えると同時に、衝撃をてんぷに直接伝達することを可能にした。藤枝は「設計を新たに簡素化し、ムーブメント全体を軽量化することにより、キャリバー9S8シリーズを約20%上回る効率性を実現しました」と語っている。キャリバー9SA5にMEMS技術を応用し、精密かつ軽量ながんぎ車とアンクルを製作することにより、効率性を高めるとともに、安定した動作が可能となったのだ。
以上に加え、ツインバレルを使用することにより、大型のてんぷの動作に必要な大量のエネルギーを生み出し、連続駆動時間を通じてさらに安定した精度を実現している。だが、チームはそこで手を止めることなく、歯車輪列の設計も見直し、有効なスペースを最大限利用できるようにした。
精度のさらなる改善を実現したもうひとつの重要なイノベーションが、一から新たに設計し直したひげぜんまいである。設計チームは8万種類を超える設計を試みた後、この形状の巻き上げひげぜんまいが最適なソリューションであると判断した。その長い期間を要した解析について、藤枝は「理想的なひげぜんまいの形状に関する従来の理論では、形状のわずかな違いがもたらす影響を予測することはできませんでした。2年間の試行錯誤の結果、ようやく新たな解析法を確立するに至りました。それで初めて、理想的なひげぜんまいの形状を本格的に追求し始めることができたのです」と認めている。
最後の大幅な変更は、緩急針を使用しないフリースプラング式てんぷの採用である。藤枝は「緩急針を使用していないため、落下などの衝撃によって精度に狂いが生じにくく、腕時計全体の耐久性が向上しています」と語っている。さらに藤枝のチームは、ひげぜんまいの末端を固定するひげ持ちを回転させるだけで、等時性の調整が可能であることを発見した。
すべてが新しい腕時計
腕時計の形状にも新しい変化が生じた。ムーブメントの薄型化により、同チームはケースサイズ直径40mmの腕時計の厚さをわずか11.7mmまで抑えることに成功した。非常に洗練された腕時計に、非常に洗練された輪郭を与えることにより、腕に完璧にフィットする製品を実現したのである。鋭い観察眼の持ち主であれば、ムーブメントの装飾も改良され、ブリッジに施された繊細な「雫石川仕上げ」をはじめ、メインプレートのペルラージュ、ベベルブリッジ(面取りされた受)、ポリッシュアングル(研磨された受の斜面)、美しく磨かれたねじに気づくだろう。ブリッジは直線状ではなく、優雅な曲線を描いている。グランドセイコーによれば、このデザインは岩手山に触発されたものであり、製造地の近くを緩やかな曲線を描いて流れる雫石川を模したものであるという。この優雅で詩的なタッチは、グランドセイコーのブランドフィロソフィーを具体的な形として表したものである。そして、動力ぜんまいを巻き上げる回転錘には、梨地仕上げを施した面に「HI-BEAT 36000 POWER RESERVE 80 HOURS」の文字が優美に刻まれており、さらに透かし細工が美しい外観を与えている。
ムーブメントの素晴らしさと数多くの卓越した機能を堪能したら、次に腕時計のダイヤルをじっくりと観察してみよう。これこそが最も純粋なグランドセイコーの伝統として注目すべき特徴である。そこには、グランドセイコーのダイヤルの多くに見られるように、日本の美しい自然に着想を得たパターンが刻まれている。このパターンは、グランドセイコーのすべてのメカニカルモデルを製造している「グランドセイコースタジオ 雫石」のある岩手県に群生する、日本一の白樺美林から生まれたものである。その複雑な彫り込みは、遠くから見た深い白樺林を想起させるものだ。ラッカー仕上げが施されているため、どの角度から見ても光のきらめきが生じ、ダイヤルに深みを与えている。その生き生きとした表情は実に鮮やかである。それはまさしく、グランドセイコーのブランドフィロソフィーを象徴するものだ。すなわち、一見してシンプルでありながら、目を凝らしてみれば非常に複雑であり、仕上げは完璧で、深い意図が感じられるのだ。高級時計においては、あらゆる細部が重要となる。
それを際立たせているのが、ケースに施された美しい技法、すなわちザラツ研磨と非常に繊細なヘアラインパターンの磨き上げである。この伝統的なノウハウはグランドセイコーを象徴するものとして、それぞれの技術が互いの引き立て役となり、安定したコントラストを高め合っている。一見してカミソリのように鋭いケースとブレスレットのエッジからは、この素晴らしい熟練の技をはっきりと見て取ることができる。
SLGH005は、時刻を非常に読み取りやすい点でも注目されている。それを実現しているのが、多面カットが施されたインデックスと非常にモダンな時針と分針である。その鋭さは、まるで日本刀のようだ。鋭い観察眼の持ち主であれば、日付を素早く調整できることにも気づくだろう。それを可能にしたのが、やはりMEMS技術を応用して特別に開発された新たな部品が組み込まれた日回し車である。完璧を求めるグランドセイコーの探究の旅は、最も小さな細部にまで及んでいるのだ。
セルジュ・メイラード
新しい時計学への挑戦
グランドセイコー、キャリバー9SA5の起源と血統の分析
現代の時計学の進化を包括的に記す歴史書が存在するならば、その一章がグランドセイコーにまるまる割かれることは明らかだ。グランドセイコーの時計作りのレベルに気付いていない消費者の大部分は、その姉妹ブランドであるセイコーのほうに主力ブランドとしての魅力を感じるだろうが、機械式腕時計の製作に深い理解を持つ人々は、グランドセイコースタジオ 雫石で生み出されるタイムピースが、並外れたクロノメーター(高精度時計)の創造であることを知っているのだ。
- スザンヌ・ウォン:文
- Text by Suzanne Wong
もっと評価されるべきグランドセイコー
グランドセイコーは、目の肥えた玄人や熱狂的時計ファンからリスペクトを受けているが、同時にもっと評価されるべきブランドだと、あえて言いたいと思う。それは奇妙な話ではあるが、ずっと続いている現象でもある。音楽専門家であれば、この事実と、現代の聴衆がビートルズのことをどのように感じているかという事実と極めて似ていることに気付くだろう。ビートルズは、歴史上最も偉大なバンドであるということは周知の事実だが、その一方で、実際にどれほど独創的で創造的だったかという点で称賛を受けることはあまりなく、その点でかなり過小評価されていると言える。
もちろん、グランドセイコーが機械式腕時計製作の世界でビートルズに匹敵する存在だと言っているわけではない。どちらも同じ年(1960年)に誕生したという共通点はあるが、時計愛好家が、グランドセイコー発売の話を聞いて異常な興奮で失神したという話はまだ聞いていないし、東京にあるグランドセイコー本社に熱烈なファンレターを送ったという話も聞いていない。しかしこの両者には、とりわけ先ほど触れた独創性と創造性という点で、共通しているところがたくさんあるのだ。
イエスタデイ
グランドセイコーの物語は、破壊的イノベーションの積み重ねと言える。最初のグランドセイコーは、1960年12月18日に発売された。日本国内で完全生産され、当時最も優れていたスイスウオッチに匹敵する性能を誇っていたが、発売から数十年間は、海外ではほとんど入手できなかった。国際的な時計コミュニティの中でカルト的な地位を占めるようになったのは、間違いなくこのことが原因になっている。1969年のクリスマスに「セイコー クオーツ アストロン 35SQ」が発売されると、機械式腕時計の世界市場に大混乱が生じ、スイスウオッチ産業はカオスに陥った。グランドセイコーは、このセイコー クオーツ アストロン発売(業界の他の全メーカーにとって大きな不安定要因)を足場にして、クロノメーター(高精度時計)の専門技術をさらに向上させていった。
機械式腕時計とクオーツ式腕時計双方の経験や知識、知見を動員して、1999年に画期的なスプリングドライブムーブメントが発明された。従来型の動力ぜんまいと独自の調速機構「トライシンクロレギュレーター」を組み合わせた結果、ダイヤル上を滑るように動く独特の秒針の動きが生み出された。そして、2004年にはグランドセイコー専用のスプリングドライブムーブメント「キャリバー9R65」が誕生した。
1998年、9Sメカニカルムーブメントが発表された。これに合わせ、他メーカーよりも厳しい検査規格である新グランドセイコー規格も公表された。この両者の発表により、グランドセイコーは公式な記録上、最高品質のタイムピースを生み出すブランドになったのだ。
ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード
グランドセイコーは、マニュファクチュールとして未開拓の領域を進み続けており、既存の時計学の知識体系を止むことなく深化させている。2020年、グランドセイコーから大きな発表が立て続けにあった。自動巻メカニカルハイビート「キャリバー9SA5」と自動巻スプリングドライブ「キャリバー9RA5」という新世代のムーブメントが3月に発表され、9月3日には、印象的な「T0 コンスタントフォース・トゥールビヨン」のコンセプトモデルが発表された。後者は、時計ファンの間でかなり注目され、とりわけ、その人目を引く珍しいメカニズムが注目を集めたが、おそらく長い目で見ると、大きいインパクトを与えたのは前者の方だ。それには、いくつか理由がある。
まず、新しい量産型ムーブメントの発表は、ほんの一握りの時計にしか使われないであろう複雑な高級ムーブメントよりも、時計メーカーの方向性に影響を与えることはほぼ間違いない。
ふたつ目の理由として、キャリバー9SA5は、9Sメカニカルムーブメントの新たな主流であるということが挙げられる。1998年以降語られてきた機械式グランドセイコーの物語の一章を礎として、同ブランドのごく初期にルーツを持つ新たな一章がその上に展開されている。再び音楽に例えてみると、キャリバー9SA5は大量生産されたフル・スタジオ・アルバム、T0 コンスタントフォース・トゥールビヨンは難解でありながら高い評価を受けている限定販売の実験的なLPということになる。
3つ目は、キャリバー9SA5が、新種の脱進機を搭載しているという点だ。ほとんどすべての機械式腕時計でスイスレバー脱進機が使われているという現状を鑑みると、これは極めて珍しい事例だ。キャリバー9SA5は、まさしく革新的なムーブメントと言えるのだ。
このムーブメントを詳しく見ていくと、機械的な改良や最適化が無数に行われていることが分かる。キャリバー9SA5がこのような高いレベルで動作できるのは、こういった工夫の結果である。
ムーブメントの中心には新型の脱進機、つまりダイレクトインパルス脱進機とインダイレクトインパルス脱進機の両方の利点を持つデュアルインパルス脱進機がある。これについて理解するためには、最初に脱進機の目的について説明しなければならない。脱進機という名称は、エネルギーを動力ぜんまいの制御下から逃がし、それをてんぷ(てん輪およびひげぜんまい)に供給することから付けられたもので、これによって腕時計が規則正しく時を刻めるようになるのだ。また脱進機は、輪列の回転モーメントを、てんぷに衝撃を伝えるのに必要な往復運動に変換するという役目も果たしている。
カム・トゥゲザー
長い間、時計メーカーは、その成功度合いに違いはあるが、理論の完全さと現実世界の不完全さの間で折り合いを付けようとしてきた。ダイレクトインパルス脱進機(アブラアン-ルイ・ブレゲのナチュラル脱進機など)は、エネルギー効率と理論的な純粋さが優先されているが、往々にして堅牢さと構造のシンプルさが犠牲になる。インダイレクトインパルス脱進機(おなじみのスイスレバー脱進機など)は、エネルギー効率を犠牲にして、ムーブメントの復元力、点検の容易さ、製造時や組み立て時の誤差の許容範囲の拡大など、現実的な配慮点を優先している。
要するに、ダイレクトインパルス脱進機は、性能は良いが、製造から実使用に至るまでのあらゆる段階で、努力と注意を要する(また、同じ理由から高価になりがち)。インダイレクトインパルス脱進機の方は、クロノメーターの理想からは程遠いが、信頼性が高く頑丈で、比較的安価に製造、組み立てができ、大量生産も可能ということになる。
そのため、グランドセイコーのキャリバー9SA5のてんぷは、一方向で直接的に衝撃を与え、もう一方向では間接的に衝撃を加える設計になっている。構造は異なるが、同等のシステムとして、故ジョージ・ダニエルズが設計し、それをオメガが活かして商品化したコーアクシャル脱進機がある。高度に洗練された一方のアプローチ(直接衝撃)を、ずっと人気を維持しているもう一方のアプローチ(間接衝撃)と組み合わせているという点を鑑みると、この種のハイブリッドインパルスシステムを、脱進機における“レノン=マッカートニー・ソリューション”と呼ぶことができるかもしれない。このふたつのアプローチは、特にキャリバー9SA5のようなハイビートムーブメント(てん輪が5Hz=3万6000振動/時、つまり1秒あたり10ハーフスイングで振動)において、互いに補い合っているのだ。
高振動脱進機は、これまでスイスレバー脱進機で構成されており、過去数十年間、大きな成功を収めてきたが、グランドセイコーは、このハイブリッドインパルス脱進機で、異なる次元の性能に到達することを目指した。キャリバー9SA5は、この高振動脱進機のおかげで、ムーブメントに小さな衝撃が与えられても耐えることができ、大きな衝撃の場合もそこから素早く回復できるようになった。結果として、非常に安定したクロノメトリー(等時性)が実現できた。さらに印象的なのが、ダイレクトインパルスメカニズムによってエネルギーが最適化されたことから、キャリバー9SA5のパワーリザーブが約80時間にまで延びたことだ。
これは、脱進機に対する従来の理解からすると想定範囲を完全に超えているため、非常に重要である。通常、高振動脱進機は動力ぜんまいを収めた香箱を速く動かし、それがパワーリザーブを短縮させる。てん輪の可変慣性が高いことから、その振幅を最適なレベルで維持するためにエネルギーがさらに必要になり、それによって、有効なパワーリザーブがさらに短縮される。ではグランドセイコーは、どのようにしてそれをうまく処理しているのだろうか?(1960年、イングランドのリバプールから出てきた4人組が、どのようにして史上最高のバンドになったのだろうか?)。その答えは、時計製造(または音楽制作)とまったく同様に、正しい部品を正しいタイミングで正確に配置するというものだ。
チームワーク、才能、経験、インスピレーションという“Fab4(ファブフォー)”(=素晴らしき4人組、ビートルズの愛称)の要素を組み合わせると、成功をその手に掴むことができるというわけだ。
レット・イット・ビー
キャリバー9SA5は、時計製造において当然と思っている一部の制約を、専門技術と経験を正しく応用することにより、どのように克服または拡張できるかを示す典型例である。しばらくの間、グランドセイコーが仕事に取り組むのを眺めていようではないか。そうすれば自ずと答えは出てくるのだ。
スザンヌ・ウォン
End