Caliber Stories
Produced by chronos for Grand Seiko

2022.06.08.WED

異次元の性能を手に入れた新世代スプリングドライブの革新性を見る 
Vol.5

新キャリバーの誕生がもたらした次なる時代にふさわしい新たなデザイン文法「Evolution 9スタイル」

Watches and Wonders Geneva 2022

2022年3月30日から4月5日までスイス・ジュネーブで開催された「Watches and Wonders Geneva 2022」に初参加したグランドセイコー。世界で最もよく知られ、事実上唯一となったこの高級時計見本市において、グランドセイコーは新しいデザインコードである「Evolution 9スタイル」と、それに基づいた新作「Evolution 9 Collection」を堂々披露した。

  • 三田村 優:写真
  • Photographs by Yu Mitamura
  • 広田雅将(『クロノス日本版』編集長):取材・文
  • Text by Masayuki Hirota (Editor-in-Chief of Chronos Japan Edition)
Evolution 9スタイル

Watches and Wonders Geneva 2022で世界に発信された「Evolution 9スタイル」

2021年に発表されたグランドセイコーの「白樺ダイヤル」こと「Evolution 9 Collection SLGH005」は、1967年に「44GS」によって確立されたグランドセイコースタイルを継承しつつも、それをさらに発展させたデザインを持っていた。グランドセイコーは、この新しいデザインを「Evolution 9スタイル」として体系化し、新たにスプリングドライブ搭載モデルにも採用した。それが新しい「Evolution 9 Collection SLGA009」である。基本的な造形はメカニカルのSLGH005に同じで、既存のグランドセイコースタイルから審美性、視認性、そして装着性の3つが進化している。

酒井清隆

グランドセイコーに新しいデザインコードをもたらしたのが、セイコーウオッチのデザイナーである酒井清隆だ。2012年に入社した後、海外モデルのデザインを手掛け、さらに国内の主なブランドのデザインに携わった。2018年6月発売の「1968 メカニカルダイバーズ 現代デザイン」を担当した後、「Evolution 9スタイル」を完成させた。

デザイナーが語るキャリバー9RA2と意匠の関係性

改めておさらいしたい。デザイナーの酒井清隆は、新しいムーブメントを前提として、Evolution 9スタイルを完成させた。あえてストレートに仕立てたかん足は、薄くて高精度なムーブメントを載せていることを表現したもの。また、これは往年のグランドセイコーに見られた細い針へのオマージュでもある。

「THE NATURE OF TIME」をブランドフィロソフィーとして標榜するグランドセイコーらしく、Evolution 9スタイルでは光と陰も強調された。今までのグランドセイコーに比べて、Evolution 9スタイルでは、鏡面が抑えられ、代わりに筋目が増やされた。スポーティーに見せるためではなく、光と陰のコントラストを強調するためだ。

Evolution 9スタイル

グランドセイコーの新しいデザインコードである「Evolution 9スタイル」。これを新型スプリングドライブムーブメントのキャリバー9RA2に与えたのが、新しいSLGA009である。機械式自動巻のキャリバー9SA5搭載機に同じく、ケースが薄く、時計の重心が低いため、装着感も良好である。自動巻スプリングドライブ(キャリバー9RA2)。38石。パワーリザーブ約120時間(約5日間)。平均月差±10秒(日差±0.5秒相当、気温5℃~35℃において腕に着けた場合)。ステンレススチールケース(直径40mm、厚さ11.8mm)。日常生活用強化防水(10気圧防水)。

優れた視認性をさらに高めるため、インデックスや針の形状も見直された。12時位置のインデックスの幅を拡大したのは、機能的であるという本質を示すため。時針の先端をあえてカットすることで、時間がより判読しやすくなった。

目新しいのは、装着性という要素がデザインに加わったことだ。時計の重心を下げ、ブレスレットを太くし、加えて、ブレスレットのコマを短くすることにより、Evolution 9スタイルは装着感も改善された。

平谷栄一、星野一憲

(左)2020年発表のキャリバー9RA5と、2022年発表のキャリバー9RA2を完成させたのが、セイコーエプソン(株) グランドセイコー9RA系開発設計リーダーの平谷栄一だ。2004年に登場したグランドセイコー初のスプリングドライブ搭載モデルが採用したキャリバー9R6系の開発に携わった彼が、最新のキャリバー9RA2の設計を統括した。(右)デザイナーとしてキャリバー9RA2の設計に携わったのが、セイコーエプソンの星野一憲である。2021年には長野県の高度技能保有者を対象とした令和3年度卓越技能者知事表彰「信州の名工」を受賞。

ムーブメント製造サイドが語るキャリバー9RA2とその意匠

今回は、Evolution 9 Collection SLGH005(通称「白樺ダイヤル」)のデザインをスプリングドライブ搭載機にも転用したのである。基本的なデザインはメカニカルモデルのSLGH005に同じ。しかし、これは驚くべきことなのだ。

グランドセイコーの新しい基幹ムーブメントであるメカニカルのキャリバー9SA5とスプリングドライブのキャリバー9RA2は、いずれも現行モデルの自動巻ムーブメントとしては最も優れたもののひとつだ。開発したのは、前者がセイコーウオッチ、後者がセイコーエプソン。ムーブメントの大きさも異なり、キャリバー9SA5は直径が31.6mm、厚さが5.18mm。対してキャリバー9RA2は、直径が34mm、厚さが5mmである。普通は、サイズの異なるムーブメントに、同じデザインを与えることは困難だ。しかし、セイコーウオッチとセイコーエプソンの匠たちはそれを実現してみせたのである。

キャリバー9SA5を搭載したSLGH005

機械式自動巻のキャリバー9SA5とはサイズの異なるスプリングドライブのキャリバー9RA2。しかし、セイコーウオッチとセイコーエプソンの匠たちは、キャリバー9RA2を搭載したSLGA009に、キャリバー9SA5を搭載したSLGH005(通称「白樺ダイヤル」)とほぼ同じデザインをもたらした。薄いケースと、長いかん足、そして低い重心が優れた装着感をもたらす。

キャリバー9RA2の設計を担当した平谷栄一はこう語る。「デザイナーからの要求に、装着性という項目がありました。そのため重心を下げたのです。ムーブメントも薄くなって、横から見ても厚く見えないようにしています。また、ケースサイドにあえて肉を残して重心を下げることで、手首にもしっかり載るデザインにしています。しかし、薄くなったからといって、安全性のためのマージンは詰めていません」。つまりは、耐衝撃性などは今までのグランドセイコーに同じというわけだ。

グランドセイコーの技術力は、Watches and Wonders Geneva 2022で発表された「Evolution 9 Collection」スポーツモデルにも見て取れる。新しく発表されたモデルのうち、「スプリングドライブ GMT」と「スプリングドライブ クロノグラフ GMT」は、既存のキャリバー9R6/8系のスプリングドライブを採用したものだ。キャリバー9RA系に比べて厚みのあるムーブメントを持ちながらも、Evolution 9のデザインを形にできたのは、グランドセイコーとしての頑強さを損なうことなく、いかに薄くできるかという、長年にわたる取り組みの成果である。

SBGE283、SBGC251、SLGA015

2022年開催のWatches and Wonders Geneva 2022で発表されたのが、Evolution 9スタイルのデザインを発展させて生まれたグランドセイコーの5つのスポーツモデルだ。左から、「Evolution 9 Collection スプリングドライブ GMT」(SBGE283)。「Evolution 9 Collection スプリングドライブ クロノグラフ GMT」(SBGC251)。「Evolution 9 Collection スプリングドライブ 5Days Diverʼs 200m」(SLGA015)。前者2モデルはキャリバー9RA系に比べて厚みのある既存のスプリングドライブムーブメントを採用するにもかかわらず、「Evolution 9 Collection」スポーツモデルとして統一感のあるデザインとなった。

デザイナーの星野一憲によると、その試みは10年以上前に始まったという。

「ムーブメントをケースに組み込む際に工夫をして、時計を薄く見せるという手法は、10年以上前から取り組んできたものです。具体的には、2007年に発表された9R8系スプリングドライブ クロノグラフの開発以降ですね。針の高さを見直したり、カレンダーの隙間を見直したりするなどして、腕時計全体での薄型化を図るようにしました。それ以前は、ムーブメントはムーブメントの開発チーム、外装は外装の開発チームと分かれていましたが、両者が共同で開発するようになったのです」

薄いキャリバー9SA系(メカニカルムーブメント)やキャリバー9RA系(スプリングドライブムーブメント)を前提として生まれたEvolution 9スタイルは、先述した通り、直線状のかん足を持っている。したがって、厚みのあるキャリバー9R6系や9R8系のスプリングドライブを載せたら、どうしてもデザインがごろっとしてしまう。

松本賢一郎

新作「Evolution 9 Collection」スポーツモデルの外装を設計した松本賢一郎。特に、既存のキャリバー9R6系を搭載した「スプリングドライブ GMT」と、キャリバー9R8系を搭載した「スプリングドライブ クロノグラフ GMT」をいかに厚く見せず、かつ「Evolution 9スタイル」の進化の重要なポイントである装着性をいかに高めるか、という点に腐心したという。

厚みのある、しかもサイズの異なるムーブメントを載せた腕時計に、どうすれば同じデザインコードを与えられるのか? その難題に取り組んだのが、外装の設計を担当したセイコーエプソンの松本賢一郎である。

「9R6系のスプリングドライブには9RA系に比べて厚みがあるのです。そのため、かん足上面の位置を変えたり、ケースサイドの位置をダイヤル側に引き上げたりするなどの処理を加えて、3つのモデルの印象がばらばらにならないように気を配りました」。とりわけ難しかったのは、かん足からケースサイドの斜面に施される深いザラツ研磨だったという。

厚みのある、しかもサイズの異なるムーブメントを載せた腕時計に、どうすれば同じデザインコードを与えられるのか? その難題に取り組んだのが、外装の設計を担当したセイコーエプソンの松本賢一郎である。

松本賢一郎

新作「Evolution 9 Collection」スポーツモデルの外装を設計した松本賢一郎。特に、既存のキャリバー9R6系を搭載した「スプリングドライブ GMT」と、キャリバー9R8系を搭載した「スプリングドライブ クロノグラフ GMT」をいかに厚く見せず、かつ「Evolution 9スタイル」の進化の重要なポイントである装着性をいかに高めるか、という点に腐心したという。

「9R6系のスプリングドライブには9RA系に比べて厚みがあるのです。そのため、かん足上面の位置を変えたり、ケースサイドの位置をダイヤル側に引き上げたりするなどの処理を加えて、3つのモデルの印象がばらばらにならないように気を配りました」。とりわけ難しかったのは、かん足からケースサイドの斜面に施される深いザラツ研磨だったという。

SBGE283

外装の設計を担当した松本賢一郎が言うように、既存のスプリングドライブムーブメントはキャリバー9RA系に比べて厚みがあるため、「Evolution 9スタイル」を実現するため、さまざまな工夫が凝らされた。上の「Evolution 9 Collection スプリングドライブ GMT」(SBGE283)も既存のキャリバー9R6系を搭載しつつも、かん足からケースサイドにかけての斜面の形状、角度を最適化し、製造工程まで変えることで、ケースが厚く見えないように設計された。結果、ケース本体の重心を落とし、「Evolution 9スタイル」に相応しい装着性を得ることができた。

「Evolution 9 Collection スポーツモデルのデザインは、かん足からケースサイドに施す斜面が深く、しかも3時位置にはりゅうずガードがあります。斜面の幅を揃えるのは大変なのです。そのため、ザラツ研磨を施しやすい、ベストな形状を作り込みました」。新しく発表された3つのスポーツモデルは、斜面の形状だけでなく、角度も違うとのこと。各モデルで製造工程がすべて違うのである。

さらに難しいのは、ケース素材にブライトチタンを選んだことだ。「ブライトチタンは難加工材のため、ベースをきちんと成形しないと鏡面がきれいに出ないのです」。また、かん足の先端を断ち切った形状を採用したため、ザラツを当てすぎるとかん足の断面が左右で変わってしまうという。

「バランス良く作り込むにはかなり神経を使います。そして最終的には目視で4つのかん足の仕上げや長さなどのバランスを確認します」。Evolution 9 Collection スポーツモデルの研磨工程は、グランドセイコーの中でも高難度、というのも納得だ。

逆回転防止ベゼル

グランドセイコーらしいのが、「Evolution 9 Collection スプリングドライブ 5Days Diverʼs 200m」が搭載する逆回転防止ベゼルだ。プラスチックパッキンで固定することで、アフターサービス性を損なうことなくセラミックス製の表示板を搭載し、耐衝撃性・外観を向上させた。

また、「Evolution 9 Collection スプリングドライブ 5Days Diverʼs 200m」(SLGA015)には、グランドセイコーならではの配慮が盛り込まれた。それが、回転ベゼルに組み込まれたセラミックス製のリング(表示板)だ。他社では、ほとんどのセラミックス製リングが両面テープで固定されているのに対して、SLGA015のそれは、プラスチック製のパッキンで固定されている。セラミックス製リングを両面テープで固定するとアフターサービス性が損なわれてしまうが、プラスチックパッキンで固定することで、アフターサービス性を損なうことなくセラミックス製の表示板を搭載できる。そのため耐衝撃性が向上するだけでなく、純粋無垢なセラミックスを採用することで外観も向上させた。セラミックス製の外殻を持つスプリングドライブ クロノグラフの経験は、Evolution 9 Collection スポーツモデルの実用性をさらに高めたのである。

To be Continued......