Caliber Stories
Produced by chronos for Grand Seiko

2021.04.27.TUE

GS史上最高の新世代メカニカルムーブメント 
キャリバー9SA5搭載モデルSLGH005の真価 
Vol.1

GSの歴史とキャリバー9SA5

SLGH005

2020年に時計好きたちの話題をさらったのが、グランドセイコーが新たに開発し、発表した「キャリバー9SA5」という自動巻ムーブメントだった。機械式自動巻として、その性能は世界最高峰。グランドセイコーのふたつの限定モデルに搭載されたこのキャリバー9SA5が、ついにレギュラーモデルに載ることとなった。それが2021年の「エボリューション9コレクション SLGH005」である。連載第1回目となる今回は、この歴史的なムーブメントの成り立ちと5つの注目すべきポイントを述べたい。

  • 奥山栄一:写真
  • Photographs by Eiichi Okuyama
  • 広田雅将(『クロノス日本版』編集長):取材・文
  • Text by Masayuki Hirota (Editor-in-Chief of Chronos Japan Edition)

キャリバー9SA5に至る長い道のり

1960年に誕生して以降、正確さと美しさ、そして時間の見やすさで日本の腕時計の象徴であり続けたグランドセイコー。長らく日本の市場だけで販売されていたが、世界中の時計好きの声に応えるべく、2017年に独立ブランド化し、本格的な海外進出を果たした。その切り札となるのが、2020年に発表された自動巻ムーブメント「キャリバー9SA5」である。

1969年以降、セイコーは機械式腕時計よりも正確な、つまり高精度なクオーツ式腕時計に力を入れるようになった。しかし、動力ぜんまいを動力源に持つ機械式には、クオーツ式腕時計にはない魅力がある。1998年、「最高峰の精度を誇る新しいムーブメントを作り上げる」という目標をかかげ、グランドセイコーに待望の自動巻ムーブメント「キャリバー9S55」を搭載したモデルが追加された。その高い完成度は、時計好きの注目を集めるには十分だった。

以降、グランドセイコーはクオーツ式腕時計に続く柱として、機械式腕時計に力を入れるようになる。しかし、そこに留まらないのが、グランドセイコーがグランドセイコーたるゆえんだ。2009年には、キャリバー9S55の進化版である「キャリバー9S85」を追加。これは、機械式腕時計の心臓部である調速機、すなわちてんぷの振動を速くする、つまり高振動化(ハイビート化)させることで、グランドセイコーの美点である精度を一層高めたものだった。この機械式腕時計のエンジンことムーブメントである自動巻のキャリバー9S85は、発表されるや否や、世界中で高い評価を得た。

2010年には、キャリバー9S55の性能を一新した自動巻ムーブメント「キャリバー9S65」を発表。磁気に強く、約3日間もの持続時間(パワーリザーブ)を持ち、より安定した精度を持つこのムーブメントは、グランドセイコーが、機械式腕時計の世界でも世界水準にあることを示したものだった。

9Sメカニカルの誕生から約20年。グランドセイコーの開発チームは、テンプの振動を高速化したハイビートのキャリバー9S85や約3日間のパワーリザーブを持つキャリバー9S65で世界基準を超える高精度を実現してしまった。では、次は何に取り組むべきなのか? 開発チームが至ったのは、両ムーブメントが作り上げた基準を、誰も手の届かないレベルで塗り替えることだった。

グランドセイコーといえば、高級モデルだ。とはいえ、ある程度の数を作る量産モデルでもある。少量生産ならば、新しい試みはいくらでも盛り込めるだろう。しかし、量産を前提としたグランドセイコーでは、正確さと同じくらいに壊れにくさ(耐久性)が重要になる。今までのグランドセイコーは、あえて凝ったメカニズムを使わず、すでにある技術を磨き上げることで、丈夫で高精度という信頼を勝ち取ってきた。

しかし、圧倒的なレベルで両ムーブメントを塗り替えようと考えた開発チームは、ゼロベースで次世代ムーブメントの開発に取り組んだ。こうした試みは創業間もない小メーカーでは珍しくない。しかし、半世紀以上の伝統があるグランドセイコーのようなブランドで、アプローチをまったく変えた例はおそらくない。完成したのが、2020年にお披露目された、自動巻ムーブメントのキャリバー9SA5であった。

グランドセイコー エボリューション9コレクション SLGH005

グランドセイコー
エボリューション9コレクション
SLGH005

世界最高峰の性能を持つ新型自動巻ムーブメントのキャリバー9SA5。本作は、それを搭載したレギュラーモデルである。驚くほどの高性能にもかかわらず、今までのグランドセイコーに比べてケースは薄め。そのため、着け心地にも優れている。自動巻。47石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約80時間。ステンレススチールケース(直径40mm、厚さ11.7mm)。ボックス型サファイアガラス。日常生活用強化防水(10気圧)。

キャリバー9SA5

キャリバー9SA5

グランドセイコーの次世代ムーブメントが、2020年に発表されたキャリバー9SA5である。従来よりも薄型化を実現しながら量産型ムーブメントとは思えない高性能をもたらした。機械式腕時計の心臓部である調速機構も、量産機のレベルを超えたものだ。また、今までの国産ムーブメントとは明らかに違う繊細なムーブメント仕上げとなっている。

実は、機械式腕時計でも世界に認められたグランドセイコー

2009年発表のハイビートムーブメントであるキャリバー9S85と2010年発表の約3日間の持続時間を誇るキャリバー9S65は、今までの技術を磨き上げて生まれた、いわば高性能なスポーツカーと言える。対して、まったく新しい技術を盛り込んだキャリバー9SA5は、例えるならスーパーカーのような存在である。確かに少量生産ならば、キャリバー9SA5のようなかつてないムーブメントは作れるだろう。しかし、開発チームは、これを量産するムーブメントとして完成させたのである。車に例えるならば、日産GTRのようなもの。世界中の時計関係者が、驚きを持ってキャリバー9SA5を見たのは当然だった。

いわば、量産型のスーパーカーとも言えるキャリバー9SA5。しかし、これは一朝一夕にできたものではない。1970年代以降、クオーツ式腕時計を進化させることで、セイコーは世界的な時計メーカーとなった。しかし、それに先立つ1960年代、同社は機械式腕時計の分野でも、世界をリードしていたのである。いわば、そのノウハウの集大成が、キャリバー9SA5と言えるのだ。

1960年、「世界に通用する高精度で高品質な腕時計を作り出す」という決意のもとに、初代グランドセイコーが誕生した。60年代前半、当時国内の時計コンクールを制覇していた第二精工舎と諏訪精工舎は、世界的に権威のあるスイスの「ニューシャテル天文台クロノメーター・コンクール」に挑戦することを決意した。例えて言うと、天文台コンクールとは時計業界のF1レース。時計の精度で世界一を取るには、時計の理論をマスターするだけでなく、部品を精密に作り、きちんと調整する必要がある。したがって当時、天文台コンクールで上位を占めたのは、高い技術力のあるスイスの老舗メーカーに限られた。しかし、グランドセイコーは、あえてその難しい「レース」に挑もうと考えた。無論、グランドセイコーをより進化させるためである。

1963年に天文台コンクールに挑戦した同社は、当初惨敗続きだった。しかし、時計の心臓部にあたるテンプを速く振動させる、つまりハイビートにすることで、スイスの老舗メーカーとも互角に戦えるようになった。もちろん、スイスの老舗メーカーもハイビート化には取り組んでいた。だが、1960年代の第二精工舎と諏訪精工舎ほど、ハイビート化を推し進めたメーカーはないだろう。毎年のように改良を加えた結果、やがて第二精工舎と諏訪精工舎は天文台コンクールで上位を独占。1968年のジュネーブ天文台クロノメーター・コンクールでは、諏訪精工舎が腕時計サイズで世界記録を打ち立ててしまったのである。高精度化に取り組んでから10年足らずで、機械式腕時計の分野で頂点に立った同社が、やがてより正確なクオーツ式腕時計に取り組んだのは当然だった。

グランドセイコーは天文台コンクールのために培った技術を、いち早く製品に反映させた。それが1968年に発売されたグランドセイコーの自動巻の「61GS」と手巻の「45GS」である。これらは、今までのグランドセイコーとは異なり、天文台コンクールで上位を独占する要因となったハイビート化の技術を量産モデルに転用したものだった。それどころか、セイコーは量産モデルである「45GS」のムーブメントに特別調整を施してニューシャテル天文台クロノメーター検定に出品。合格したムーブメントをケースに収め、「天文台クロノメーター検定合格モデル」として発売したのである。例えるなら、特別調整が施されているF1カーのエンジンを一般的な高級車に搭載するようなもの。天文台コンクールのムーブメントを市販しただけでなく、それを数十本作ったのも、とてつもない試みだった。

そんな歴史を持つグランドセイコーにとって、スーパーカーにも例えられるムーブメントの量産は、実現すべき課題であった。量産型ムーブメントの基準を塗り替えたキャリバー9SA5。それはグランドセイコーの歴史がもたらしたユニークな「必然」だったのである。

天文台クロノメーター専用ムーブメント

天文台クロノメーター専用ムーブメント

「時計のF1レース」に例えられるスイス天文台コンクール。グランドセイコーを製造する諏訪精工舎(現セイコーエプソン)と第二精工舎(現セイコーウオッチ)は、1964年以降、天文台専用機をコンクールに出品した。上は1968年のジュネーブ天文台コンクールで世界新記録を樹立したもの(諏訪精工舎製)。下は第二精工舎製の天文台コンクール機。やはり上位を独占した。

45GS

45GS

天文台コンクールで培われたハイビート化の技術。それを転用したのが、1968年に発売された「45GS」である。製造は第二精工舎。規格外の大きな動力ぜんまいにより、3万6000振動/時というハイビートと大きなテンプによる安定した精度の両立に成功した。後にこのムーブメントをニューシャテル天文台クロノメーター検定に出品。合格したものを「天文台クロノメーター検定合格モデル」として販売した。

61GS

61GS

自動巻でハイビートを実現したのが、諏訪精工舎製の「61GS」。天文台コンクールで得たハイビート化の技術を使用。後にグランドセイコーは、入念な組み立て調整を施した45GSと61GSを「V.F.A.(Very Fine Adjusted)モデル」としてごく少数発売した。1日の誤差が±2秒以内を謳った究極の機械式腕時計である。

キャリバー9SA5とは一体何なのか?

ゼロベースで設計が始まったキャリバー9SA5。しかしながら、これは今までのグランドセイコーの歴史が生み出したムーブメントだと言える。1998年に発表されたキャリバー9S55という自動巻ムーブメントは、頑強な「骨格」とコンパクトな自動巻機構を合わせたものだった。キャリバー9S55は同年制定されたグランドセイコー規格を満たす精度を持っていたが、それは優れた設計と卓越した組立師による調整のおかげだった。

その後もグランドセイコーは9S系メカニカルムーブメントの改良に取り組み、2009年には、キャリバー9S85をリリースした。てんぷの振動数を、2万8800振動/時から3万6000振動/時にアップ。それにより腕上での精度は一層高まった。さらに、ハイビート化にノウハウを持つグランドセイコーは、新しい技術でハイビートにつきものだった油切れの問題を解決した。それが、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems=微小電気機械システム)という製法で作られた新しい脱進機である。脱進機とは、動力ぜんまいを動力源とした歯車による輪列の回転運動を、てんぷを振動させる左右の往復運動に変換する重要な部品だ。ハイビートになるほど動きが速くなり、部品は傷みやすくなる。運動する部品が接する部分に油を注せば寿命は延びるが、速く動く脱進機は油が飛散し、油切れを起こしやすかった。

対してグランドセイコーは、部品をより精密に成形できるMEMSを使うことで、脱進機を構成するがんぎ車の歯に油をキープするための段差(油溜まり)を設けたのである。その結果、ハイビートにもかかわらず、キャリバー9S85はグランドセイコーにふさわしい耐久性を実現した。

加えて、自動巻機構をマジックレバーから、標準的なリバーサー(切替伝え車)に変更することで、動きの少ないデスクワークでも動力ぜんまいが巻き上げられやすくなった。耐久性が低いと言われるリバーサーだが、グランドセイコーは自動巻機構に使われる部品に特殊な加工処理を施すことで、耐久性・耐摩耗性を高め、この弱点をクリアした。また、機械式腕時計で重要な、ひげぜんまいも改良され、衝撃に強く、磁気帯びしにくくなったのである。

更に2010年には、持続時間が約72時間に延長されたキャリバー9S65を発表。この、世界でも第一級の性能を持つ自動巻は、グランドセイコーの名声を一層高めたのである。

9Sメカニカルを搭載するグランドセイコーの機械式モデル。その完成形と言えるのが、ハイビートのキャリバー9S85と長い持続時間を持つキャリバー9S65だった。この両ムーブメントを完成させた開発チームは、次に何ができるのかを考えた。彼らが至ったのは、キャリバー9S85とキャリバー9S65をはるかに超える、まったく新しい自動巻ムーブメントの構想であった。

キャリバー9S85

キャリバー9S85

2009年に発表されたキャリバー9S85は、単に振動数を上げただけでなく、長期間使えるための配慮を加えたのがグランドセイコーらしい。また、ハイビート機としては珍しく、約55時間もの長いパワーリザーブを持っていた。自動巻。37石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約55時間。

キャリバー9S85

てんぷの振動数が上がるほど、機械式腕時計は姿勢差、外乱の影響などに対しても、より安定した高精度を実現する。1960年代以降、各社はさまざまな方法でムーブメントのハイビート化に挑んだ。その中でも際立つのが、キャリバー9S85のアプローチだ。通常は、脱進機を構成するがんぎ車の歯数を増やして振動数を上げるのがセオリーだ。しかしその分、部品への負担は大きくなる。そこでグランドセイコーは、先端技術であるMEMSを駆使し部品加工精度を高め、部品そのものの耐久性を上げるとともに、てんぷを動かすための輪列の歯車自体を増やすことで負荷を分散させた。そして、安定した毎秒10振動という高振動を成し遂げたのである。

新世代メカニカルムーブメント、キャリバー9SA5搭載機の到達点

2020年、グランドセイコーは、まったく新しい自動巻のキャリバー9SA5を完成させ、ふたつの限定モデルに採用した。そして続く2021年には、レギュラーモデルである「エボリューション9コレクション SLGH005」をリリースした。

このモデルと、搭載するキャリバー9SA5には5つの語るべきポイントがある。ひとつは、先程述べた長い持続時間と高い精度だ。もちろん、キャリバー9S65を載せたグランドセイコーも約3日間という持続時間に高い精度を持っている。しかし、まったく新しい設計を持つキャリバー9SA5の性能はさらに上だ。

それを可能にしたのが、ツインバレルである。動力ぜんまいが増えると持続時間を延ばせるほか、駆動力も大きくなるため、精度を司るてんぷのサイズを大きくし、振動を速くできる。てんぷというのはコマのようなもので、大きなコマが速く回転するほど安定するように、高速で振動するてんぷは外部から衝撃を受けても狂いにくくなる。ムーブメントのサイズを拡大することで、キャリバー9SA5はより大きなてんぷをハイビートで動かす、つまり速く振動させることに成功した。また直径を拡大することで、キャリバー9SA5は、まったく新しい脱進機を載せられるようになったのである。

多くの機械式腕時計は、コンパクトで信頼性の高いクラブツースレバー(スイスレバー)タイプのアンクルを用いた脱進機を使ってきた。しかし、これは力を伝える際のロスが大きい。対してキャリバー9SA5では、まったく新しい脱進機構造「デュアルインパルス脱進機」を採用することで、先述の長持続時間と高精度を実現している。また、「水平輪列構造」という新たな構造によりムーブメントの薄型化にも成功したのである。

その一方で、キャリバー9SA5は、グランドセイコーの特徴である頑強さと実用性において一層の磨きがかかった。例えば、キャリバー9S65でも採用されたリバーサー式の自動巻機構。あえて大きな変更を加えなかったのは、すでに十分な信頼性があったためだ。また、日送り機構の部品製造にMEMSを使うことで、日送り機構の耐久性を損ねることなく、薄くすることに成功した。薄いムーブメントへ瞬時に日付が切り替わる「瞬間日送り機構」を載せるのは難しいとされている。しかし、新しい技術は薄さと頑強さという、相反する要素を両立させたのである。

キャリバー9SA5は、ムーブメントの仕上げも一層向上した。歯車などを押さえるブリッジ(受け)という部品は、スイス製の高級腕時計に用いられるムーブメントのように細かく分割された。理由としては、メンテナンス性の向上のためである。また、ムーブメントに施される装飾もキャリバー9SA5では、世界の高級腕時計の標準である繊細な仕上げとなっている。

もうひとつの特徴が、着け心地のよさとケースの仕上げである。キャリバー9SA5の大きなサイズは、優れた性能だけでなく「着け心地」というメリットをももたらした。頑強にするため、グランドセイコーのムーブメントには厚みがあった。対して、ムーブメント径の大きなキャリバー9SA5では、部品を重ねるのではなく、横に置くことができ、その分薄くなったのである。さらにムーブメントの重心を下げることで、このモデルは腕に吸い付くような着け心地を持つ。また、風防ガラスの「枠」である「ベゼル」を細く絞り、ダイヤルを大きくすることで、グランドセイコーの美点である視認性、つまり時間の見やすさもより高まったのである。

ケースデザインもさらに複雑になった。SLGH005の造形には、1960年の初代グランドセイコーから続くデザイン哲学が宿っている。しかし、SLGH005では一層ケースの面が増えた。面が増えるほど、腕時計の高級感は増すが、作るのは難しくなる。平面をきれいに磨くことができても、角が丸くなりやすくなるのである。しかし、角を丸めないように磨くと、平面の歪みは取り切れない。切り立った角と、歪みの少ない面を持つSLGH005のケースは、熟練した研磨職人によるものだ。これも、グランドセイコーの至ったひとつの究極だろう。

また近年、多様なダイヤル表現に注力するグランドセイコーらしく、SLGH005においても新たな試みがダイヤルに取り入れられた。グランドセイコー機械式モデルの製造拠点「グランドセイコースタジオ 雫石」近郊には、日本有数の白樺の群生地がある。高原の清澄な空気の中、幾重にも折り重なって広がるこの白樺林の荘厳な光景をダイナミックな型打ち模様と繊細な色使いで表現した“白樺ダイヤル”の持つ外観美は、SLGH005の大きな魅力であると同時に、「THE NATURE OF TIME」というグランドセイコーのブランド哲学を体現したモデルであることの何よりの証しである。

もちろん、グランドセイコーであるから、キャリバー9SA5も厳しいグランドセイコー規格をパスしている。その厳しさを示すのが、チェックする姿勢数だ。すべての機械式腕時計は、腕時計の向きによって精度が変わってしまう。そこで多くのメーカーは、姿勢が変わっても精度が安定するように調整を加える。スイスにおける高精度の象徴とも言えるのがスイス公式クロノメーター規格(COSC)だ。この規格で定めたチェックする姿勢の数は5つ。対してグランドセイコー規格では、6つもの姿勢で腕時計の精度を調整していく。1姿勢を増やすのが極めて難しいことは、一部の超高級時計メーカーだけが、6姿勢の調整を謳っていることが示している。

グランドセイコーの長い歴史が生み出したエボリューション9コレクション SLGH005。次回以降は、同モデルが搭載するキャリバー9SA5とこのモデルについて、さらに詳細に解説していく。

1持続時間と精度の両立による基礎能力の高さ

持続時間と精度の両立による基礎能力の高さ

約80時間の長い持続時間と、ハイビート(毎秒10振動)、そして大きなてんぷという相反する要素を並立させたのが、ふたつの動力ぜんまいを持つ「ツインバレル」と動力伝達ロスの少ない「デュアルインパルス脱進機」だ。また、キャリバー9SA5は衝撃に強く、長期にわたって時間が狂いにくい「グランドセイコーフリースプラング」を採用している。

2耐久性/瞬間日送りなどの実用性の高さ

耐久性/瞬間日送りなどの実用性の高さ

2耐久性/瞬間日送りなどの実用性の高さ

ツインバレルの採用によってパワーリザーブを延ばしつつも動力ぜんまいのトルクを抑えることで表輪列歯車への負担を軽減し、てんぷのフリースプラング化により緩急針を廃することでひげぜんまいの耐久性の向上と高い耐衝撃性がもたらされた。また、グランドセイコーのクオーツモデルを例外として、グランドセイコーは瞬間日送り機構をほとんど採用してこなかった。しかし、キャリバー9SA5では、9Sメカニカルムーブメントとしては初の瞬間日送り機構を搭載する。薄いムーブメントに載せるのは難しいと言われるメカニズムだが、日送りに使う一部の部品をMEMSで成形。薄さと、グランドセイコーに求められる耐久性の両立に成功した。

3ムーブメント仕上げの装飾美

ムーブメント仕上げの装飾美

耐久性を重視するため、歯車などを押さえるブリッジをできるだけ一体成型してきたグランドセイコー。しかし、キャリバー9SA5では、まったく違うアプローチが取られた。ブリッジは他ブランドの高級機のように細かく分割され、ブリッジに施された筋目模様も以前に比べて繊細になった。

4ケース/ダイヤルなどの外装仕上げによる装着感の良さと外観美

ケース/ダイヤルなどの外装仕上げによる装着感の良さと外観美

4ケース/ダイヤルなどの外装仕上げによる装着感の良さと外観美

面の歪みを取るほど角は丸くなりやすく、角を立たせるほど面はフラットになりにくい。その両立に挑み続けてきたのが、グランドセイコーの造形だ。SLGH005の基本的なデザインは今までのグランドセイコーに同じ。しかし、面の数を増やすことで、切り立った角と歪みの小さな面を一層強調している。ラグの造形を決めるのは、高度な技術を有する職人が施すザラツ研磨。左右の形を変えないようにザラツ研磨を施すのは極めて難しい。また、大胆な型打ち模様に繊細なカラーリングを施すことで表現された“白樺ダイヤル”が醸し出す壮麗なニュアンスは、多様なダイヤル表現に注力するグランドセイコーにふさわしい新たな外観美を与えている。

5検査(グランドセイコー規格)の厳しさによる高品質

検査(グランドセイコー規格)の厳しさによる高品質

5検査(グランドセイコー規格)の厳しさによる高品質

完成したメカニカルムーブメントは17日間にわたって、6姿勢3温度で精度が計測される。1日の誤差を示す平均日差は+5秒から-3秒以内。加えて、今回のキャリバー9SA5は、実際に腕に載せた際の平均日差も、+8秒から-1秒以内を目安としている。

To be Continued......