Social Vision
Produced by AERA STYLE MAGAZINE for Grand Seiko
「THE NATURE OF TIME」
時が育む、美しいニッポン Vol.3
持続可能な地域環境の発展 自然との共生を考える
- Photograph (隈研吾さんポートレート):Hiroyuki Matsuzaki(INTO THE LIGHT INC.)
- Text:Mitsuru Shibata
- Edit:Ai Yoshida
- Direction:Teruhiro Yamamoto (YAMAMOTO COMPANY)
生き物たちに思いを巡らせ、森を身近にする
日本ではまだ聞き慣れないが、「インセクトホテル」と呼ばれる虫の巣箱がある。ヨーロッパではガーデニングの一種として公園や庭などに設置され、虫たちが繁殖や越冬をする“仮の宿”として親しまれている。グランドセイコースタジオ 雫石がある盛岡セイコー工業では、2012年から生物多様性保全活動に取り組み、その一環としてこれに注目。昨年秋、子どもたちに生物多様性の大切さを伝える「セイコーわくわく環境教室」を初開催し、敷地内の森にインセクトホテルを製作した。担当した同社のMVP推進課の村里法志さんはこう語る。
「敷地の3割強が弊社の設立以前からの自然林になっていて、これを生かし維持するため、環境保全や生物多様性に関わる活動を10年以上続けています。今回はワークショップとして、まずインセクトホテルの目的について講義し、実際に製作しました。子どもたちにどれだけその役割が伝わるか、喜んでもらえるか不安だったのですが、とても楽しんでくれて。虫のホテルという名前がついてはいても、虫だけではなく、それを狙ってくる動物がいたり、木の実を置いているのでリスが入ってみたり。そんなイメージを膨らませて、子どもたちも多彩なデザインを考えて作ってくれました」
鉄のフレームをベースに、隙間に廃材や枝、竹、木の葉などを詰め、角材を井桁状に組み合わせる。完成したインセクトホテルは、森の中の小屋のようだ。どんな生き物がここを訪れ、過ごすのだろう。考えただけでも楽しくなる。
「自然環境に恵まれたこの雫石でも、なかなかいまのお子さんは森の中に入ることが少ないし、とくに親子で触れる機会はほとんどないといっていいでしょう。むしろ親御さんから、ぜひまたやってほしいという感謝の言葉をたくさんいただきました。かつて森は、人間にとって食べ物を採ったり、共生したりしていた大切な場所でした。それが原点ですし、だからこそその森を身近に感じ、自分たちで触れ、整備していくことが基本だと思います」
ひとつのシステムとしての自然の在り方
インセクトホテルのある森と同じ敷地に、一昨年グランドセイコー誕生60周年を記念し、「グランドセイコースタジオ 雫石」が開設した。岩手山に向かって広がる伸びやかな設計を手がけたのは、日本を代表する建築家の隈研吾さん。独創的な建物もその場所に立ち、自然環境と向き合って初めてひらめいたと語る。じつはインセクトホテルもまた隈研吾建築都市設計事務所が設計、監修したものだ。
「グランドセイコースタジオ 雫石における自然との共生というコンセプトは、私の目指す建築に近いものですが、この数年、誰もが人間という生物がこれから本当に地球上に存在していけるかと考えたのではないでしょうか。私自身も今までの建築や都市のあり方がこのままでいいのかとより真剣に考えるようになりました」
自然と共生していくにはどうすればいいか? これまで作品を通して、都市において自然を求めた建築、あるいは自然の中での人工物としての建築といった、それぞれ異なる自然との向き合い方を追求してきた。だがそこに貫かれる思いも変わってきたそうだ。
「都市も田舎も基本は同じと考えるようになりました。都市だから人工環境、田舎だから自然環境ではなく、自然っていうものをどこまで追求できるか。それはグリーンのような景観として人間の目を楽しませるものだけでなく、そこに生き物がいて、ひとつのシステムとして自然というものを考えないといけない。そんな方向に発想が向かうようになったのです」
そのなかでインセクトホテルも違って見えるようになったという。
「生物としての人間を考える上で、虫も同じ仲間であることに気づきました。インセクトホテルもこれまでは工作や遊びのように思っていたものが、じつは私たちが直面する問題にも近い建築のように考えられ、とても身近に感じるようになりましたね」
直線ではなく、円環な時間概念が森を満たす
森の中にたたずむインセクトホテルは、鉄のフレームは残っても、やがて木は朽ちていく。しかしそこに再び手を加えていくことで継続していく。その在り方も興味深いと隈さんはいう。
「できた時っていうものがすべてではなく、その後時間が流れていって、朽ちてまた再生する。そこにあるのは直線的な時間概念じゃなくて、円環的な時間概念みたいなようなもので、それを今回インセクトホテルで実現できたと思います。その円環的というのも、いま生命の儚さを知った人間にとってすごく親しみのある時間の捉え方だと思いますね」
子どもたちが想像力を膨らませ、自分たちの手でインセクトホテルを完成させることは、グランドセイコースタジオ 雫石における時計づくりにも通じるのかもしれない。
「そうですね。やっぱりグランドセイコーの掲げる『THE NATURE OF TIME』のブランドフィロソフィーともすごく関係があると思います。インセクトホテルを通じて、いろいろな物が見えてきます。それをぜひ体験していただきたいですね。グランドセイコースタジオ 雫石にしても私たちがそこに込めた思いというか。木造建築の素晴らしさだけでなく、インセクトホテルを見ることで木というものの自然の循環を感じ、それをあの建物も宿していることをわかっていただきたいと思います」
グランドセイコースタジオ 雫石とインセクトホテル。それぞれが独立してはいても、互いに通じ合い、一体となり、豊かな森全体にひとつの円環としてある。そして『THE NATURE OF TIME』を刻み続けるのである。
時計づくりの
すべての電力を賄う
新たな再生エネルギーへの
取り組み
自然や季節の移ろいからインスピレーションを受け、時の本質を宿した腕時計づくりをおこなうグランドセイコーのブランドフィロソフィー『THE NATURE OF TIME』。自然との共生をさらに持続可能にするために、2020年12月から再生エネルギー化への取り組みをスタートし、ソーラーパネルを設置。2021年度はグランドセイコースタジオ 雫石で使用する電力量と同等以上の電力再エネ化を達成しました。さらに2022年4月から、残りの使用電力も全て再生エネルギーとなったことで、盛岡セイコー工業で使用する電気エネルギーを100%グリーン電力化することを実現した。美しい雫石の自然と共生しつづけていくために、環境に優しい持続可能なモノづくりをさらに目指していく。